それは、5年前に母が私たちの元を去った出来事に遡ります。
ある日突然、兄が重い病気で倒れました。助かる道は大手術しかなく、執刀できる医師はごくわずか。症例も数件しかないと聞かされ、さらにその費用は非常に高額でした。
父は「俺がバリバリ稼ぐよ! お兄ちゃんの病気も治すし、お前たちに不自由はさせない!」と落ち込む母を励まし、朝から晩まで身を粉にして働き続け……。
父が命を削って貯めたお金を持ち逃げした母
ようやく手術費用の目処が立った矢先のことです。母は、「あなたが頑張ってくれたおかげで、ものすごい大金を手に入れたんだもの! これを使わない手はないわよね?」という信じがたい内容の置き手紙を残し、兄の手術費用をすべて持ち逃げしてしまったのです。
母が失踪した後、残された父と祖父母は、想像を絶する努力を重ね、約1年をかけ、再びゼロから手術費用を工面。兄の手術は無事に成功しました。
しかし、無理がたたった父は、その直後に突然倒れ、帰らぬ人となってしまったのです。母への怒りと父を失った悲しみを乗り越え、私と兄は、親代わりとなってくれた祖父母への感謝を胸に、一日も早く家計を助けたい一心で働いてきたのです。
5年ぶりに再会した母からあり得ない要求
そんなある日、平穏な日常は突然打ち破られました。この5年間、一度も連絡すらなかった母が、何の前触れもなく私たちの前に現れたのです。派手な身なりをした母は、悪びれる様子もなく、優雅な暮らしを自慢げに語り始めました。
父が亡くなったことを伝えても、「あら、それは大変だったわね。でも、持って生まれた運命ってものがあるのよ」と、驚きも悲しみもせず、軽く受け流す始末。そして、信じられない言葉を口にしたのです。
「実はね……私、肝臓の病気なのよ。だから、あんたの肝臓ちょうだい」
あまりに身勝手で突拍子もない要求に、私と兄は言葉を失いました。息子の命を救うためのお金を奪っておきながら、今度は自分のために娘の臓器をよこせと言うのです。
激怒した兄が「ふざけるな!」と声を荒げても、母は「何よ? 家族じゃない? 娘が母を助けるのは当然でしょう?」と平然と言ってのけました。あまりに身勝手な言い分に、私たちは怒りに震えました。
派手な身なりで、派手な生活ぶりを自慢する母を私たちが信じられるわけもなく、その日は「肝臓はあげない。帰って」と言い、母を追い返しました。しかし、その日を境に母は度々、私たちの前に現れるようになり、「だったら治療費を出してよ」などと言い、お金を要求してくるように……。
兄が追い返そうとすると、母は「病気の母親を見捨てるの? 血のつながった親子じゃない」と涙ぐんで見せるのです。何度追い返しても、母からしつこくお金を無心される日々が続き、数カ月が経ったころです。
母がお金を無心するため押しかけてきたある日、外出していた祖父母が、私からの連絡を受けて、ひとりの男性を連れて帰ってきたのです。
この日のために準備していた祖父母
祖父母が連れてきたその男性は、弁護士でした。「お前の悪事はすべてお見通しだ」祖父が静かに告げると、母の顔色が変わりました。実は祖父母は、母に罪を償わせようと、興信所に依頼して母の素行を調査していたのです。調査書には、母が通院していたような形跡はなく、祖父の追及により肝臓の病気というのは真っ赤な嘘だということが、その場で明らかになりました。
祖父母は母の素行調査と同時に、弁護士にも相談しており、母から手術費用を取り返す術を検討していると言います。そして祖父は、適切な手続きを経て、手術費用の返還請求をすると明言し、「今後のことは弁護士を介して連絡する」と告げました。
その後、母からの金銭要求には一切応じず、弁護士を通じて対応を進めた私たち。ほどなくして、母は分割払いで持ち逃げした手術費用を支払うことになり、月々の返済が始まりました。これで少しでも父の無念が晴れるといいなぁと思います。これからも祖父母と兄とで支え合いながら、この穏やかな暮らしを守っていきたいです。
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血の繋がりがあるからといって何をしても許されるわけではありません。わが子の命を救うためのお金を持ち逃げし、困ったときだけ「家族」を名乗るとは……身勝手にもほどがあります。お金を返して許される過去ではありませんが、せめて月々の支払いを滞らせないことで誠意を見せてほしいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。