義母の誕生日を1カ月後に控えたある日、義姉から「ちょっといい?」と電話がありました。
「来月のお母さんの誕生日、今年は去年よりも盛大にやるからよろしくね! ホテルのラウンジを貸し切って、生演奏も入れて……もちろん料理もケーキもプロに頼むから!」
矢継ぎ早に語られる豪華なプランに、私は気後れしてしまいました。派手好きな義姉により、年々義母の誕生日会は規模が大きくなっているのです……。
嫁の意見を聞かない義姉
「お母さんにぴったりな、華やかなお祝いにしたいもの」と屈託なく笑う義姉に、私は意を決して切り出しました。
「あの……今年は控えめにしませんか? この前、お義母さんとお茶をしたときに、去年のパーティーの後で体調を崩されたと聞いて……挨拶回りで、かなりお疲れになったみたいで……」
「はぁ?」と、義姉の声のトーンが、一瞬で不機嫌なものに変わります。
「お母さんがそんなこと言うわけないでしょ! 笑顔で『素敵な1日だった』って言ってくれてたもの!」「そもそもこっちがどれだけ準備したと思ってんの! 祝われる疲労なんて、幸せなことじゃない!」
あまりにも自分本位な義姉の言い分に、私は怒りを抑えつつ「お義母さんの誕生日ですから、お義母さんの負担の少ない形にできたらなって思うんです。家族だけでお祝いするとか……」と返しました。
そして、私は良かれと思って「お義母さん、栗が好きなので……良ければ、モンブランを私が手作りしてみようかと……」と言ってしまったのです。
その瞬間、電話の向こうの空気が凍りつきました。
「まさか……嫁の分際で仕切るつもり? 母親の誕生日は、長女の私がやるのが当然でしょ! 家庭的アピールがしたいなら、よそでしてちょうだい!」
あぁ、また始まった……。義姉は、私のことを地味で庶民的だと見下している節があるのです。実際、地味なほうではありますが。
「うちのお母さんには華やかなのが似合うのよ! ケーキを作りたいなら、ママ友とホームパーティーでもやってれば?」
これ以上何を言っても無駄だと悟った私は、それ以上反論するのをやめました。
「……わかりました。企画はいつもどおり、お義姉さんにお任せします」と言うと、 「そうしてくれると助かるわ〜! あんたは当日、私が企画した誕生日会を盛り上げてくれたらいいの。それじゃ、よろしくね」と義姉。
一方的に切られた電話を握りしめ、私はただただ悔しい気持ちでいっぱいでした。
義母の本当の願い
その日の夜――。
今度は義母から電話がありました。どうやら義姉が義母に先の電話でのやりとりを話したようです。
「今日は本当にごめんなさいね。私の負担を考えて……いろいろ言ってくれたんでしょう? あなたみたいにやさしくて思いやりのあるお嫁さんはいないわ。本当にありがとう」「あの子は『母親を大切にしている自分』に酔ってるだけだから……。うれしいけど素直に喜べないっていうか」と、義姉の性格をよくわかっている義母。
「だから私は、あなたの気持ちが本当にうれしかったわ! 自宅で誕生日会、すごくいいと思う!」「あ、でも……ひとつだけお願いしてもいいかしら? 今年の誕生日ケーキをお願いしてもいい? 私、あなたの作るお菓子、大好きなのよ!」
思わぬ言葉に、私の心はぱっと明るくなりました。義母は、私が毎回持参する焼き菓子を大事に食べてくれていたそうなのです。
しかし、義姉はケーキをプロに頼むと言っていました。そのことを伝えると、義母は「そこだけは私から話を通しておくわ」と力強く言ってくれたのでした。
誕生日会の前日――。
最高のモンブランを作ろうと準備していた私のもとに、義姉から電話がかかってきました。
「明日のケーキのことで予定変更があったの。もうプロのパティシエにお願いしてあるから、あんたの素人感丸出しのケーキは出番なし! 持ってこなくて大丈夫だから」
義母が話を通してくれているはずだと食い下がっても、義姉は聞く耳を持ちません。
「とにかくあんたのケーキは不要なの! 誕生日といえば、ケーキが一番の醍醐味だもの。そんな一番盛り上がるところをあんたみたいな地味なやつに持っていかれるなんて……絶対に許さないんだから!」
その身勝手な理由に、私は言葉を失いました。しかし、これは義母のたっての希望。せめて義母にだけ渡したいと言うと、それすらも一蹴されました。
「素人の手作り感満載のケーキってクオリティに限界があるし、見栄えが悪いと雰囲気まで台無しになるのよ? 写真撮ったときに全体の印象がチープになるじゃない。映えないケーキは空気壊すだけだから、もし持ってきたら容赦なくゴミ箱に捨てるからね!」
私は涙を堪え、「……わかりました。明日は、何も持たずに会場に向かいますね」と答えるのが精いっぱいでした。
崩壊した義母の誕生日パーティー
そして、誕生日会当日――。
指定されたホテルのラウンジは、義姉の言葉通り、きらびやかに飾り付けられていました。しかし、私の心はどんよりと曇ったままです。
とりあえず義姉に挨拶をすると、彼女の隣にはいかにも育ちが良さそうな、華やかな女性が寄り添っていました。
「紹介するわ、弟の元カノさんよ」
私はその言葉を聞いた瞬間、寒気がしました。義姉は、義母の誕生日会に夫の元カノを連れてきたのです。
「この前たまたま会って、少しお話したらさ~。やっぱり素敵な子だなと思って、つい誘っちゃったの」
義姉は悪びれもせずそう言いました。義母の誕生日会で、家族と親族が集まる場に夫の元カノを呼ぶなんて……。私が言葉を失っていると、義姉は続けて言いました。
「彼女はね、お父さまがお医者さまなの。華やかでしょう? 今日はお母さんのための会だから、少しでも華やかで上品な人がいいと思ったのよ」
「そんな理由で……」と私が呆気にとられていると、その女性は私を値踏みするように上から下まで眺め、鼻で笑いました。義姉もそんな友人の態度をとがめるでもなく、むしろ楽しんでいるようです。
「あんた、多少着飾ってもやっぱり地味ねぇ。彼女みたいに華やかなほうがいいわ~」
その見下したような言い方に、私の怒りは頂点に達しました。しかし、義姉は私の怒りに気づくことなく、決定的なひと言を放ったのです。
「元カノの方が美人で華があるの。地味嫁はあっちに行ってて」
「母さんの誕生日会が台無しになっちゃう」
ここまで言われて、私はもうこの場にいられるわけがありませんでした。
「……じゃあ私は帰ります」
勝ち誇ったような笑みを浮かべた2人に背を向け、私は会場を後にしました。
会場を出て30分ほど経ったころ――。
スマホがけたたましく鳴り響きました。発信者は義姉。無視しようと思いましたが、ひっきりなしにかかってきます。
仕方なく出てみると、「お願い、今すぐ戻ってきて!」と今にも泣き出しそうな義姉の声が。
「誕生日会を始めようとしたら……お母さん、『なんであの子がいないの!?』って大声で叫んだのよ!」「それにお母さん、私が用意したケーキを見て、『こんなもの、私は頼んでいません』ってスタッフに言って、テーブルから下げさせちゃったし!」「私なりに頑張って準備したのに! お母さんったら、『こんな形だけのものは、もううんざり!』『あんたの自己満足はもうたくさん!』『あの子が来てくれないなら帰る!』って、みんなの前で言うのよ!?」
会場の雰囲気を想像して私はゾッとしましたが、義姉の自業自得としか思えませんでした。
「お願いだから戻ってきて! 今ならまだ、なんとか丸くおさまるはずよ……! なんだったら手作りケーキも持ってきていいわよ!」
そう言う義姉に、「いやいや、地味な私が戻ったら、せっかくの華やかさが台無しになりますから」「お義母さんのお誕生日は、後日私なりにちゃんとお祝いしてあげたいので、戻りません」とわざと明るく返した私。
「じゃあこの場はどうするの!?」とあわてふためく義姉に、「さぁ? 今日がお義母さんにとって大切な日だってことを、お義姉さんがちゃんとわかってたなら……もう少しだけ気持ちを想像できたんじゃないですか? では私はこれで。長女として、しっかり仕切ってくださいね」とだけ言って、私は一方的に電話を切りました。
翌日、義母から「昨日は本当にごめんなさいね」と謝罪の電話がありました。私は途中で帰ってしまったことを謝り、後日改めてお祝いさせてほしいと伝えました。
「本当に!?ありがとう」
義母はとても喜んでくれて、私たちは後日、ささやかで温かい誕生日会を開く約束をしました。
その日の夜、また義姉から電話がかかってきました。
「お願い……!ほんとに困ってるの……助けて……お母さんに……実家出禁を言い渡されたの……!」
話を聞くと、あの後、誕生日会を盛大にするために見栄を張って借金をしていたことまでバレて、義母が激怒したとのことでした。日ごろからの浪費癖も重なっていたようです。
「会場費、高級ケータリング、パティシエの特注ケーキ……。企画者として、親戚やみんなから『すごいね』って言われたくて当然じゃない!」 「だからって借金までするのは……」
さらに、私の夫からもこっぴどく叱られたようでした。
「弟にも『わざわざ俺の元カノを呼んで、俺の妻を侮辱したなんて姉さんとしてありえない』ってめちゃくちゃ怒られて、こっちはLINEもブロックされてるし……」 「お願い、あなたからお母さんを説得して! お母さん、あんたのこと大好きなんだからさ!」 「…私がそこまで助ける義理はありません」私はきっぱりと断りました。
「そもそもお義母さんは、誰かに言われたからって気持ちを変えるような軽い人じゃありませんよ。こうなると思えなかった時点で終わってると思います」 「なんなのよ! さっきから生意気な!」 「私はもう、巻き込まれるつもりはありません。お義母さんに嫌な思いをさせた人のお願いなんて聞く耳持てませんから」
泣き叫ぶ義姉の声を最後に、私は静かに電話を切りました。
あの騒動のあと、義姉は実家出禁だけでなく、親族からも見放され、完全に孤立したようです。見栄を張るために重ねた借金は総額で80万円ほどあるらしく、今はその返済のために休日も日雇いバイトに明け暮れていると聞きました。
ちなみに私は後日、義母の好きないろいろな味のミニケーキを5つほど焼き、夫と一緒に改めてお祝いをさせていただきました。義母は「これが一番嬉しいわ!」と涙を流して喜んでくれました。見栄を張ることよりも、目の前の大切な人を思いやること。私は地味で映えない嫁かもしれませんが、最低限の品格と思いやりだけは、これからも持ち続けていきたいと思っています。
【取材時期:2025年7月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。