私はこみ上げる幸福感をそのままに、婚約者にメッセージを送りました。
「今、ヘアメイク終わったよ〜! そっちはもうタキシードに着替えた?」
すぐに返信が来たのですが、その短い文章は、私の幸せをこっぱみじんに打ち砕くものでした。
「ごめん。やっぱりお前とは結婚できない。今から家に帰るから!」
一瞬、何かの悪い冗談かと思いました。だって、今日は私たちの結婚式なのです。会場にはもう、両家の親戚や大切な友人たちが集まり始めている時間だというのに……。
長年の関係を打ち壊すありえない裏切り
婚約者に電話をかけてもつながりません。ウエディングドレスを着たまま立ち尽くす私を置いて、彼は本当に式場から姿を消してしまったのです。
しばらく経って、ようやく彼から返ってきたメッセージは、あまりにも残酷なものでした。なんと3カ月も前から、私の幼なじみと関係を持っていたというのです。
「だってしょうがないだろ! 彼女のほうがかわいいし、何より社長令嬢だし! 正直、お前よりずっと魅力的だったんだ!」
仕事のプレッシャーに押しつぶされそうになっていた彼は、ラクな生活と引き換えに私との未来を捨てたのです。彼が幼なじみを選んだ決め手は「結婚してくれたら仕事、辞めていいよ♡」という彼女のひと言だったそうです。
頭が真っ白になり、スタッフの方々や両親になんて説明すればいいのか途方に暮れていると、今度は元凶である幼なじみから信じられないメッセージが届いたのです。
「ねぇねぇ、無事に結婚式、中止にできた? 大丈夫だった?」
それは、心配しているフリを装い、明らかに私をあざ笑う内容でした。
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」と私が返すと、彼女は「あはは! どう考えてもあんたでしょ? 当日まで私たちのことに気づかないなんて、本当どんくさいわね。これから私たち、婚姻届を提出しに行ってくるから♡」と悪びれる様子もありません。
幼なじみは昔から、自分が一番でないと気が済まない性格でした。裕福な家庭で何不自由なく育った彼女にとって、世界は自分中心に回っているのが当たり前。しかし、勉強でも部活でも、いつも周りから褒められるのは私の方で、彼女は内心強いコンプレックスを抱いていたのかもしれません。私が先に幸せになることが、彼女にとってはどうしても許せなかったのでしょう。
旅行を奪おうとする幼なじみ
しかし、話はそれで終わりませんでした。
「あ、そうそう、新婚旅行のハワイの件だけど、それはキャンセルしなくていいからね? 」
幼なじみは私の結婚式を台無しにし、婚約者を奪い、今度は思い出になるはずだった新婚旅行まで奪うつもりのようです。怒りを通り越して一種の諦めにも似た感情が湧いてきました。
「私が代わりに彼と新婚旅行に行ってきてあげるからさ♡なんかごめんね~」
明らかに浮かれている彼女に、私はひと言だけ返すことにしました。
「……じゃあ請求書送るね!」
私がそう返すと、「は?」と、彼女は一瞬戸惑ったようでしたが、すぐに「はいはい、払えばいいんでしょ! そのくらいパパが払ってくれるし!」といつもの調子で言い放ちました。
ハワイ旅行の費用はすべて私が立て替えており、請求書を送るだけなら造作もないことでした。しかし、このままでは、彼女は何の反省もしない……そう思った私は、ある人物に連絡することにしたのです。
メッセージを送った直後に私が連絡を取った相手――それは、幼なじみの父親でした。昔から私を本当の娘のようにかわいがってくれていたおじさんに、娘さんの非道を話すのは本当に心が痛みました。
でも、ここで私が何もしなければ、彼女はきっとまた同じことをくり返す。そう思い、震える手で電話をかけたのです。
事情を説明すると、おじさんは電話の向こうで絶句していました。
「……まずは謝らせてくれ。親として、本当に申し訳ない」
おじさんは、これまで娘を甘やかしすぎたことがすべての元凶だと深く反省し、こう約束してくれました。
「請求書は早急に送ってくれ。結婚式のキャンセル費用も、慰謝料もすべてね。私がいったん対応して、もちろん娘に返済を求める方向で調整する。それが『責任を取る』ってことだから」
その毅然とした言葉に、私は少しだけ救われたような気持ちになりました。
自業自得の略奪婚の末路
数日後――。
幼なじみから「空港に着いたら、私だけ飛行機に乗れないって言われたんだけど!」と怒りの電話がかかってきました。
私の名前で予約した国際線の航空券に、パスポート情報が違う彼女が乗れるはずもありません。そんな常識すら、「お金を出せば何とかなる」と思い込んでいる彼女は知らなかったのです。
ハワイに行けなくなった彼女は、「旅費なんて払わないから!」と逆ギレしてきましたが、もう手遅れです。
「おじさん、『娘に責任を取らせる』って言ってたよ? そのお言葉に甘えて、あなたたち2人には、結婚式費用や旅費のキャンセル料、慰謝料を合わせて、総額400万円について、弁護士に依頼して内容証明で請求手続きを進めてもらうことにしたから。支払い、よろしくね」
私がそう告げると、電話の向こうで幼なじみの悲鳴が聞こえました。実家暮らしで親のお金で遊んでいただけの彼女に、そんな大金を払えるあてなどないのでしょう。
後日、元婚約者からも泣きそうな声で連絡が来ました。幼なじみが実家から絶縁され、2人は路頭に迷うことになったそうです。「俺たち、今からでもやり直そう!」なんて身勝手な懇願はもちろん一蹴しました。
その後――。
結局、私への支払いである400万円は、おじさんが一旦立て替えてくれることになり、幼なじみとは、分割で返済する旨の書面を交わしたと聞きました。
元婚約者はなんとか元の会社に復帰できたそうですが、略奪婚の噂はあっという間に広まり、針のむしろのような毎日を送っているとのこと。2人とも今ではお互いを罵り合い、関係は完全に冷え切っていると聞いています。
もろもろが片付いたころ、私はひとり、ハワイに来ていました。ほかの旅行先も考えましたが、これは傷心旅行なんかじゃない、私の新しい人生の始まりなのだと、自分に言い聞かせて、結局ハワイを選んだのです。
ハワイに到着してのんびり過ごしていると、幼なじみから「あんたのせいで、人生どん底よ! どうにかしてよ!」とメッセージが届きました。
「その『どん底』にいるのはなぜか、胸に手を当ててよく考えてみたら? 幼なじみの幸せを自分勝手に壊したからなんじゃないの? 私はもう関係ないから、あとは2人でお幸せにね」
私は、ハワイの青い空と海を眺めながらそう返信しました。それから、2人からは一切連絡がありません。
結婚式当日のあの悪夢は、思い出すだけで胸が痛みます。でも、あの出来事があったからこそ、私は人の醜さも、そして人のあたたかさも知ることができたように思います。
とてもつらい経験でしたが、その分、これからはもっと自分を大切に、そして周りにいる誠実な人たちを大切にしていきたいです。このハワイの空のように、私の未来も晴れやかにしようと思います。
【取材時期:2025年7月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。