そんな私の変化に、夫は気づいていたようです。「何かあったら、俺から母さんに言うから」という夫の言葉に、私は少しだけ救われた気持ちになり、「もう少しだけ頑張ってみよう」と思い直しました。
私は「おまけ」いや、「邪魔者」
しかし、義母の嫁いびりは止むどころか、ますます激しくなるばかり。耐えかねた私は、思い切って義母になぜこのようなことをするのかと尋ねました。「きっと私が何か気に障ることをしてしまったのだろう」そう思っていたのですが……。
すると、義母は驚くべき本心を語り始めました。そもそも私との同居を望んでいたわけではなく、ひとり息子である夫と再び暮らせることを喜んでいただけだったというのです。私は「おまけ」、それどころか「邪魔者」でしかないと言われました。
「もう少し役に立つ嫁だと思っていたのに、期待外れ。父子家庭育ちはやっぱりダメね」と、私の育った環境まで侮辱する言葉を投げつけられました。自分のことは何を言われても我慢できますが、懸命に私を育ててくれた父を悪く言われることは許せませんでした。
その後も義母の攻撃は続き、「男に媚びるような見た目だ」「今でも遊んでいるんじゃないか」と根拠のない疑いをかけられました。そして、「生意気な態度を取ったら離婚させる」とまで言い放ったのです。
ひどい暴言に落ち込んでいると…
ある日の夜、その日の夕食は義母が担当でした。私は事前に残業で帰りが遅くなると伝えていましたが、義母から「早く帰ってごはんを作れ」と怒りのメッセージが届いたのです。「家事をサボるなんて嫁失格」「本性を現したなクソ女」「よくも私をだましたな」などと、帰りが遅いことと関係のない暴言まで……。
「息子はなんであなたを選んだのかしら?」
「他にもいい子はいたのに!」
義母からの暴言が立て続けに届く中、私の隣にいたある人が我慢できずに返信しました。
「残念なのは、母さんのほうだよ。俺は彼女を選べて、彼女も俺を選んでくれて幸せだし、結婚できて心から良かったと思ってる。できることなら……」
「母親も選びたかったよ!」
「え?」
思いもよらぬ返信内容に言葉を失う義母。そう、私のスマホから返信していたのは、夫でした。私が残業を終え会社を出ると、夫が「一緒に帰ろう」と迎えに来てくれていたのです。
夫と一緒に帰宅している途中に、義母からひどいメッセージが届いたのでした。メッセージの通知を見て暗い表情をしていた私を見て、何かを察した夫は、義母とのメッセージを見せるように私を説得しました。
そして義母からのメッセージを読んだ夫は、信じていた母親の裏切りに深く傷つき、そして静かに覚悟を決めたのです。その場で、義母との同居解消と、連絡を絶つことを決断。すぐに夫は義母の連絡先をブロックしました。
夫の決意と義母のその後
あの私への暴言メッセージを機に、夫から連絡が途絶えた義母は、今度は私に媚びるようになったのです。謝罪を繰り返し、「老後が不安だから連絡だけは取れるようにしてほしいのよ。あなたから息子を説得してちょうだい」と懇願してきました。しかし、すべては自らの行いが招いた結果です。私は夫の意思を尊重し、義母の要求を拒否しました。
義母は「早くに夫(義父)を亡くして、息子が私を支えてくれたの。そんな息子の1番が自分ではなく嫁になってしまったことが面白くなくて、つい八つ当たりしてしまった」と言い訳しました。面白くなかった――そんな理由で今までの理不尽な仕打ちを受け入れることはできません。何より、男手一つで私を育ててくれた父を侮辱されたことは、許すことができません。同じひとり親として、父の苦労を理解できるはずなのに……。
その後、私と夫は義実家を出て義母との関わりを断ちました。夫は義母との連絡は絶ったものの仕送りは続けているため、生活自体はなんとかなっているようです。しかし、息子に見捨てられたショックからか、近所の方から聞いた話では、今は必要な買い物以外は家に引きこもる生活を送っているそうです。
一方私は、夫と2人で支え合いながら今は穏やかな毎日を過ごしています。嫌な過去は忘れ、私を大切にしてくれる夫と共に、新しい人生を歩んでいきたいと思います。
◇ ◇ ◇
人間関係でつらい思いをすることは、人生よくあることです。ショックで立ち直れないときもあるかもしれません。しかし、攻撃してくる嫌な人と、無理に付き合い続ける必要はないと思います。遠慮せず信頼できる人に相談して、頼って、笑顔でいられる選択をしましょう。つらい経験を乗り越えたお2人に幸せが続くことを願っています。
【取材時期:2025年9月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。