たまたま外出していた夫とは鉢合わせせずに済みましたが、このまま店で彼女に騒がれては営業になりません。私は、後日3人で話し合おうと彼女を説得し、その日はなんとか帰ってもらいました。
今まで夫には女性の影などなく、もちろん許嫁の存在なんて聞いたことがありません。
外出から戻った夫に尋ねてみましたが、やはり彼女とは恋愛関係ではなく、幼少期に同じ地域で過ごした程度の幼馴染とのことでした。
突然現れた、夫の許嫁を自称する彼女
そして迎えた3人での話し合いの日、やはり夫と彼女が交際していた過去はなく、連絡先も知らなかったことがわかりました。交際していた過去はないということは認めたものの、夫の許嫁だという主張は変えない彼女。
「今までに恋愛関係にならなかったのは、タイミングが悪かっただけ」彼女はそう言いますが、お互いに連絡先も知らず、まったく違う人生を歩んできたことは事実。彼女は、子どものころに結婚を約束したと言いますが、夫はきょとんとしていました。
仲が良かったという記憶さえない様子で「ただの近所の同級生だと思っていた」とつぶやく夫。その場で夫は、仲の良い地元の友人たち数名のグループチャットに、彼女のことを聞きましたが、誰も夫と彼女が仲が良かったと記憶している人はいませんでした。
それどころか、どうやら彼女は男性関係が派手なようで、今までに何人もの男性とお付き合いしてきたようです。地元にいる夫の友人たちが次々に彼女の男性関係にまつわる、あまり良くない噂を教えてくれたのです。その画面を彼女に見せても、彼女は許嫁だと言って譲りませんでした。
その日以降、連日店に訪れ、彼女は何も注文せず長時間店に居座り、私に「早く彼を返せ」「別れろ」「あんたは彼の妻にふさわしくない」などと文句を言ってくるように……。
仮に本当に「結婚しよう」と言っていたとしても子どものころの話。それ以降、特に接点もなかったのに、それに、一途に夫を想い続けてきたわけでもなさそうなのにどうして今になって……。理由はわかりませんが、これ以上迷惑行為を重ねるのであれば、法的手段も辞さないと私は彼女に告げました。
それから1年半――。
姿を見せていなかった彼女が、また突然私の前に現れたのです。ある日突然、店のアカウントにメッセージが届きました。
「旦那さんの子どもを妊娠中なの」
「もうすぐ産まれるから離婚して」
彼女は夫の子を産めなかった私を見下し、妻として1番の役割を自分が奪ってやったと鼻高々ですが……。
夫の子を妊娠することは不可能
「旦那は亡くなりましたが……?」
しかし、彼女が妊娠している子が夫との子ではないことは確かでした。なぜなら夫は1年前に亡くなっているから……。
「え?」
私の返信を受け、すぐに店に入ってきた彼女。大きなおなかを撫でながら「ちょっとあんた、くだらない嘘ついてんじゃないわよ」と言われました。出産予定日を聞いてみましたが、やはり彼女が妊娠したのは夫が亡くなったあと。初めは私の話をまったく信じていない様子でしたが、夫の遺影とお墓の写真を見せると彼女はやっと納得。すると今度は、夫が急逝したのは私のせいだと責め立ててきたのです。
彼女の「夫の子を妊娠した」という悪趣味な嘘はとても許せそうにありません。相応の対応をすべきだと思った私は、夫が生前、困ったことがあれば相談するよう言っていた人物を頼ることに……。
その人物とは義母のこと。私はすぐに義母に連絡し、一緒に今も義実家の近所に住む彼女の母親を訪ねたのです。私が事情を話すと、彼女の母親は娘の行動に驚愕し、怒りと恥じらいで顔を真っ赤にして、すべてを受け止め、何度も謝罪してくれました。
翌日、母親に呼び出された彼女は、とことん叱られたようです。彼女から直接事情を確かめたいと、その場に同席した義母によると、彼女は反省の色を見せず、「おなかの子の父親が誰なのかわからないから、彼の子ということにした」と言い訳したそう。
その言い訳を聞いて母親はさらに憤り、手を挙げてしまいそうな勢いで思わず義母が母親を止めると、彼女はようやく胸の内を話し出したのだとか……。
彼女は、幸せそうな私たちのことが許せず、不倫話をでっち上げて夫婦仲にヒビを入れたかった、と。結婚を約束した彼氏に2人で結婚資金として貯めたお金を持ち逃げされたとき、地域のフリーペーパーで、偶然私たちの店が特集された記事を見て、幼いころの彼への淡い恋心を思い出したそう。
彼女の母親は娘のあきれた動機に深いため息をつき、義母に謝罪の言葉を繰り返しながらその場で泣き崩れてしまったそう……。しかし同時に、彼女の母親は、娘を厳しく指導すると決意したようです。
彼女を実家に戻し、責任を持っておなかの子を育てさせるため、彼女の生活を管理して産後は就職もさせる。そして私への慰謝料を支払わせると義母に約束してくれたのでした。
嫉妬心から嫌がらせをした彼女に…
後日、母親とともに私のところに謝罪に来た彼女は、嫉妬心から嫌がらせをしたと白状。お金に困っているときの妊娠も引き金となり、偶然見かけた初恋の人の幸せな暮らしが憎くて、私たちの仲を壊そうとしたと話してくれました。
夫とは最期まで精一杯愛し合い、突然の不幸にも覚悟を決め、残されたわずかな時間も後悔なく過ごした私たち。まだ立ち直ったわけではありませんが、彼女のように他人の幸せを羨んで八つ当たりしたくなったことはありません。夫がそれを望んでいないこともわかっていたし、ひとりでも生きていけるくらいたくさんの愛を夫が残してくれたからです。
でも、一歩間違えれば私が彼女になっていたかもしれないとも思います。夫を亡くしたショックで自暴自棄になり、どうして私だけと嘆いて、他人の幸せが憎かったかもしれません。守るべき大切なものがある彼女には、二度と同じような間違いを起こしてほしくないと思い、慰謝料の受け取りはお断りしました。
夫が生きていたら、きっと同じ選択をしていたと思います。彼女に私の思いがどこまで伝わったかわかりませんが、それ以降、彼女が私の前に現れることはなくなりました。彼女が人生を立て直してくれることを願います。私は今、夫との最終目標だった2店舗目の経営に向けて、準備中です。私の心の中で生き続ける夫と幸せな毎日を過ごしています。
◇ ◇ ◇
最後の寛大な対応には拍手を送りたいですね。誰しもが、自分がうまくいっていないときに他人を羨ましく思ったり、どうして自分だけと憎んだりしてしまった経験はあると思います。それは仕方がない感情だとも思いますが、だからと言って八つ当たりや嫌がらせをすることは間違っていますよね。抱いてしまった暗い感情をバネにして、明るい未来へ努力できる人間でありたいですね。
【取材時期:2025年9月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。