合鍵で消えた境界線
仕事を終え玄関を開けると、義母が冷蔵庫を勝手に開け「お味噌切らしちゃったからもらっていくね!」とひと言。 別の日は、取り込んだ洗濯物に義母の手が伸び、「ハンガーはこう掛けるとシワにならないのよ」と言いながら私の服を仕上げ直したり……。ありがたい気持ちもあるけれど、胸の内側がざわつきました。 私は「いらっしゃるときは事前に連絡をもらえるとありがたいのですが」と伝えました。すると義母は「なんで〜?いいじゃない!」と笑って聞き入れてくれず途方に暮れていました。
数日後、また義母が合鍵を使い勝手にわが家に入った形跡がありました。娘のおやつが減っていたり、トイレットペーパーがなくなっていたりしていました。無断でわが家のものを持ち帰るのは困ると思い、夫に伝えると 「俺の親だろ。別にいいだろ」と取り合ってくれず……。そこからは義母だけでなく義父も当たり前のように来るようになったのです。
夕方になると義母と義父が2人で現れ、夕食を食べて帰る日々。うんざりした私は、合鍵の見直しをもう一度夫に頼んでも「大げさだな。困ることある?」とひと言。夫の冷たい言葉に私は、心の奥で小さなスイッチがカチリと鳴りました。頼りにならない夫は無視して1人で戦うと決心しました。
「ホテル代ありがとう!」ズカズカの極み
ある日、義母が「クローゼットの奥にあったブランドバッグお借りしたわよ♪」とひと言。そのバッグは私がやりくりをしてやっと買えた大切なものでした。さすがにイラっとした私は「勝手なことはやめてください!」と強めの口調で伝えました。すると夫が「それくらいでカリカリするな。また買えばいいだろ」と義母をかばったのです。 胸の奥で、何かが静かに切り替わる音がしました。
その日の夕方、夫がパンフレットを広げ「この高級ホテルの予約と支払いよろしく! ブランドバッグ買えるくらい余裕あるんだろ?」と言ってきたのです。さらに「家族旅行なんだからお前と娘は留守番な!」と言い放ったのです。私が返事を探す間もなく、義母は「アメニティは全部持ち帰ってくるつもりよ。ホテル代ありがとう!」と言うのです。義父も「まさかこんな高級ホテルに泊まれるなんて! ありがたいな!」と感謝の言葉が飛び交いました。私は承諾していないのに……。
私はテーブルに置いたスマホを手に取り、予約フォームを開き夫と義母をちらりと見て、必要事項を淡々と入力していきました。そして、心の中で小さく「旅行当日が、楽しみだね」と呟きました。
「予約が確認できません」静かな一言で幕を引く
旅行当日の朝、スマホが立て続けに震えました。電話に出ると「どういうことだ!? 予約がない!」 と叫ぶ夫。激怒する夫に私は「私はあなたたちの旅行を予約すると言っていません。私と娘が泊まるんです!」と伝えました。
状況の整理がつかず無言の夫に私は「今までずっと、私の言葉を聞いてくれなかったよね。合鍵の相談をしても取り合ってくれなかった。それと同じで、私は“あなたたちの旅行を予約する”とは一度も言っていません。これは、私に向き合ってくれなかった結果です。」と伝えました。私の言葉を聞いた夫が「ちょ、待て……」と言いかけたとき、私「私は家族ではないようですね。なら、本当に“家族”をやめます。離婚しましょう」と告げました。
すると夫は静かに「俺が間違ってた。親の顔色ばかり見て、君の話を聞いていなかった。本当にごめん」と呟きました。義母と義父も「あなたのこと軽く考えていた。ごめんなさい」と謝罪してくれたのです。
私は「合鍵は回収します。今後、わが家へ来るときは事前に連絡をしてください。あと、勝手に私の物に触らないでください! わが家の冷蔵庫から食べ物を持って帰らないでください! これらが守られない場合は、別居や離婚を含む手続きを進めます」と告げました。夫は小さく「わかった」と返事をし、義母と義父も了承してくれました。 その後、夫と義両親は静かに帰宅。私は娘とチェックインを済ませ、ゆっくりと夕食をとり、湯に浸かりました。湯気の向こうで、娘の笑顔がやわらかく揺れていました。
◇ ◇ ◇
親しき仲にも礼儀あり。 近さは特権ではありません。連絡も同意もない一歩は、相手のプライベートにズカズカ入る“侵入”になります。境界線は気持ちだけでは守れません。言葉にして、紙にして、共有することが家族みんなの安心を守るいちばんの近道になるでしょう。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。