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「守るからね」母の物忘れが増えた夏。病院で知った現実と私の寄り添いの決意【体験談】

母が認知症かもしれない……その不安は、父が亡くなった年から少しずつ現実味を帯びてきました。夏の暑さが落ち着くころ、母の様子がこれまでと違うと感じ、私はついに行動にうつすことを決めました。

この記事の監修者
監修者プロファイル

医師菊池大和先生
医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長

地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。
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母の変化と不安な気持ち

父が亡くなったあと、母は兄と2人で暮らしています。私は隣の市に住んでおり、車で小一時間ほどの距離。日々の様子を直接見ることはできず、電話やメッセージアプリで連絡を取り合う日々です。

 

その夏、母の話しぶりや物忘れが以前より増えた気がして、胸がざわつきました。しかし私自身も体調を崩していたため、すぐには行けず、翌月になってようやく母を脳神経外科へ連れて行くことができました。

 

CT検査で知った現実と医師の言葉

CT検査の結果、母の脳は思っていた以上に萎縮が進んでいました。モニターに映る画像を見た瞬間、胸が締め付けられるような思いがしました。

 

医師は「たしかに萎縮は進んでいますが、検査の結果は悪くありません。普段の生活がとても良いのでしょうね」と言ってくれました。

 

私は母の生活について説明しました。「母は兄をとても大切に思っていて、毎日の夕食には必ず肉や魚を取り入れています。料理番組をよく見て、畑仕事や掃除も欠かさず、『毎日忙しいのよ』と口にしています」と。

 

医師は頷きながら、「それがいいんです。離れて暮らしていても、毎日電話をしてあげてください。会話がとても大切です」とアドバイスしてくれました。

 

それから私は、毎日ビデオ通話で母の顔を見ながら話をするようになり、週に一度は必ず様子を見に行くようにしています。

 

 

私が決意したこと

父が亡くなる直前、「お父さん、私がお母さんを守るからね」と、私は心の中で誓いました。

 

兄妹は全部で4人。兄は母と同居していますが、次女はアメリカ、三女は県外に住んでおり、母の近くにいるのは私だけです。だからこそ、私が母を支えなければと思っています。

 

毎日ビデオ通話をしていると、少しずつ進行していく母の認知症の症状がわかります。物忘れが多く、ついイライラしてしまうこともありますが、「子どもに戻っていくんだ」と自分に言い聞かせ、やさしく寄り添うよう心がけています。

 

まとめ

母の脳の萎縮を知ったとき、ショックで眠れないほどでした。それでも、母の笑顔を守るためには、私が穏やかに接し続けることが大切だと感じています。これからも、毎日の会話と寄り添いを欠かさず、母とともに少しずつ歩んでいこうと思います。

 

 

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

 

著者:佐藤尚子/60代女性・主婦。

 

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年9月)

※一部、AI生成画像を使用しています

 

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