私はフルタイムで働きながら、仕事と義実家の家事すべてを担い、なんとか両立させています。
義母は「女は家を守るもの」という考えで、専業主婦になるよう強要してきます。私が経済的に自立していることが面白くないようで、仕事を辞めさせてコントロール下に置きたいようなのです。
私が「仕事にやりがいを感じているので、辞めるつもりはありません」と毅然と伝えると、義母の行動は常軌を逸したものになりました。なんと、私の職場に勝手に電話をかけ、「嫁は家庭に入りますので辞めさせます」と……。
上司がすぐに私へ事実確認をしてくれたため、事なきを得ましたが、職場には多大な迷惑をかけてしまいました。あまりの暴挙に私は抗議しましたが、義母は悪びれる様子もなく、「あんたが不出来な嫁だからだ」と言ってくる始末。
義母のこうした行動の背景には、家庭内での孤独感があるようです。夫と義父は私の味方をしてくれることが多く、義母は自分が仲間外れにされていると感じているのでしょう。しかし、それは義母が理不尽なことばかり言うからで……。
勝手すぎる要求と逆転の計画
私の家事に文句をつけるだけでなく、それを口実にわがままを通そうとする義母。ある朝も、私が作った料理に「味付けが濃すぎる」「こんなものを食べさせて病気にさせる気か」と難癖をつけ、夫や義父にたしなめられていました。
すると義母は、「親切で指導してやっているのに、気分が悪い。私は傷ついた。お詫びに温泉旅行をプレゼントしなさい」と言い出したのです。あまりに理不尽な要求でしたが、私たちは顔を見合わせ、前々から準備していたある作戦を決行することにしたのです。
「わかりました。気の合うご友人でも誘って旅行に行って、ゆっくりしてきてください。すてきな宿を予約しますね」私は、義母の要求を受け入れ、1カ月ほど先に義母と義母の友人の旅行の予約を入れました。
そして迎えた旅行当日、義母は上機嫌で出かけていきました。私は義母に「私も今日から数日、出張で家を空けます」と伝えておきました。自分が旅行を楽しんでいる間でも、嫁の私が家でラクをするのが許せない義母にとって、私が仕事で忙しくするのは好都合だったようで、鼻歌交じりで出発していきました。
嘘と「葬儀」の正体
義母が家を空ける数日の間は静かに過ごせると安堵した矢先のこと。突然、旅行先の義母から「出張を取りやめてすぐに帰宅しなさい」と私に電話が入りました。
「お父さんが急に倒れて、亡くなったのよ! 今すぐ帰ってきなさい!」
電話口で叫ぶ義母。しかし、その声に悲壮感はなく、どこか私を試すような雰囲気。私は冷静に答えました。
「お義母さん、嘘はいけませんよ」
「嘘なんてついてないわよ! 葬儀の準備もあるんだから、嫁として働きなさい!」
強気な義母ですが、実は私の目の前には、ピンピンしている義父が。義母は私が「出張中」だと思っているため、仕事を放棄させ、帰宅させようとしてきたのです。旅行中にも、私を困らせようと理不尽な要求。不謹慎な嘘までついて……。
私はあきれて、「帰宅もしませんし、葬儀にも出ません」と告げました。
「義父の葬儀に出ないってどういうつもり? 嫁失格ね!」
激昂する義母に、私は決定的なひと言を放ちました。
「ええ、そちらの葬儀には出られません。今こちらも『葬儀中』ですので」
「は?」
実は、私たちは義母の旅行中に引っ越し作業をしていたのです。義母のわがままを聞いて旅行をプレゼントしたのは、義母を家から遠ざけ、その間に荷物を運び出すための作戦でした。
「もう母さんはいないものとして、新しい生活を始めよう」
そう提案した夫に、義父も賛成し、私たちは、少し前から新居を探していたのです。そしてこの日、義母の荷物だけを残し、必要なものを持って新居へと移る準備を進めていました。
引っ越し作業中、私たちはこれまでの義母からの仕打ちや、振り回された苦労話を語り合いました。「あのときはつらかったね」「これでやっと解放されるね」と言いながら不用品を処分する作業は、まるで過去とお別れをする儀式。つまり故人を偲ぶ『葬儀』のようでした。だから私は、「こちらも葬儀中」と伝えたのでした。
自由と平和を手に入れた私たち
事態が飲み込めないまま急いで帰宅した義母を待っていたのは、ガランとした自宅。残されているのは、家具家電や義母の私物だけ。私たちは義母に新居の場所を告げず、引っ越しを完了しました。
後日、義父は弁護士を通じて義母に離婚届を送付。「直接の連絡は拒否する。すべて弁護士を通すように」それが義父の意思でした。義父は長年、安月給だと罵られ、お小遣いもすべて取り上げられる生活に耐えてきました。
一生懸命働いても見下され、人格を否定され続けてきたと言います。「定年までは」と我慢してきましたが、私への異常な執着といびりを目の当たりにし、ついに心が折れ、離婚を決意したそうです。
義母は専業主婦の期間が長く、経済力もありません。「私を捨てないで」「心を入れ替えるから」と弁護士を通じてすがってきたそうですが、義父の意思は固く、取り合いませんでした。その後、義父母の離婚は無事に成立。義父は「これからは自由に生きるんだ」と笑い、私たち夫婦も平穏な日々を取り戻しました。
義母は今、義父が譲ってくれた義実家でひとり暮らし。義父と財産分与したお金を切り崩しながらの生活を送っているそう。私たち3人は、お互いを尊重し合い、穏やかに暮らしていこうと思います。
◇ ◇ ◇
家族であっても、相手を尊重しない一方的な支配や束縛は許されるものではありません。ましてや、人の生死を駆け引きの道具に使うなど言語道断です。お互いが自由で対等な関係であってこそ、家庭は安らげる場所になるのだと改めて感じさせられます。我慢せず、毅然とした態度で立ち向かう勇気や、自分や家族の心を守るために決断する勇気を持っていたいですね。
【取材時期:2025年12月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。