数回のおむつ替えで育児をやった気になる夫
私がゆっくりする時間を作るという約束は、平日も休日も破られ続けました。育児も、「この間おむつを替えた」と数回手伝っただけで“やっているつもり”になり、私が不満を口にすれば、「俺より稼いでから文句を言え」「養ってやっているんだ」と言葉で押しつぶしてきます。看護師の資格を持つ母を引き合いに出し、「お前は根性なしだ」と言われたこともありました。
悔しくて、情けなくて、それでも当時の私は、反論するより先に「わかった」と口にしてしまっていました。けれど心の奥では、いつまでも言いなりでいるつもりはない、と静かに決めていたのです。
それから2週間ほど経った夕方、母がふいに「誕生日プレゼント、何がいい?」と聞いてきました。自分の誕生日が近いことすら、忙しさの中で忘れかけていて、言われて初めて思い出したほどです。母は孫の成長を喜びながら、「誕生日くらい、夫婦で出かけたら? 孫は預かるわよ」と明るく言ってくれました。
けれど私は、胸の奥がひやりとするのを感じながら、「出かけないから大丈夫」と答えました。夫が早く帰ってくるはずがない、と確信していたからです。母は少し表情を曇らせ、「うまくいってないの?」と探るように聞いてきました。私は「仕事が忙しいみたいだから」と答え、それ以上は言葉にできませんでした。
妻の誕生日を思い出した夫…その後の行動に呆然
数日後、深夜1時を回ってから夫が帰宅した日がありました。以前はこんな時間まで働くことはなかったのに、最近では遅くなるのが当たり前。問いただしても、「仕事だ」「世の中にはもっと働いている人がいる」と返されるだけで、私の不安は置き去りでした。さらに夫は、来週3日間の出張があると言い、私の誕生日と重なっていることにも気づいていませんでした。
私がそのことを伝えると、少し考えたあとで思い出したように、「祝えないけど、1万やるからそれで何か買え」と言ってきました。その瞬間、怒る気力すら湧かず、私はただ「わかった」と答えていました。
そして誕生日の直前、看護師の母から「今すぐ離婚届を持ってきて!」と、状況がつかめないままの慌てた電話が入りました。病院に急患が運ばれてきて、そのひとりが夫だというのです。しかも女性と一緒に。ほどなく病院からも連絡があり、私は息子を抱えて向かいました。そこで初めて、私がずっと飲み込んできた違和感の正体を突きつけられることになります。
夫は不倫相手とドライブ中に事故を起こしていました。病室で夫は「本当にごめん」と繰り返し、「神様って見てるんだな」などと、自分の不運を嘆くような言葉まで口にしました。けれど私の中に広がっていたのは、同情ではなく、怒りと冷めた現実感でした。けがは大したことはなかったものの、夫が「お前と息子がいるから頑張れる」と言ったとき、私は思いました。今さら家族を盾にしても、もう遅い、と。
「離婚したい」自分の気持ちを夫に伝えると…
私は、いつか渡そうと思っていた離婚届を取り出し、署名を求めました。夫は驚き、謝り、二度としないと言いました。けれど許すことはできませんでした。不倫していたこと、出産後に私と息子を放置していたこと、そして私を“無能”だと笑ったこと。そのすべてが積み重なっていたのです。
「父親だから」「家族だから」という言葉で縛ろうとされても、父親らしいことをしてこなかった事実は消えません。私は養育費と慰謝料をきちんと求めること、相手の女性にも責任を取らせることを、淡々と告げました。「家族だろ」と泣きつく夫を見たとき、私の中には怒りよりも、もう戻れないという確信がありました。
その後、私は息子と実家に戻りました。しばらくして夫から、「息子に会いたい」と、何事もなかったかのように連絡がありました。私は、息子が風邪気味で外出できないこと、そして離婚届の署名がまだであることを伝えました。
すると夫は、「会いに来てくれ」「息子はお義母さんに預けて」などと言い出しましたが、私はもう、夫を基準に生活を回すつもりはありませんでした。仕事を始め、引っ越しの準備も進めていました。母も働いています。誰も、あなたの都合のために動く暇はありません。そのことを、私ははっきりと伝えました。
調停で離婚が成立。その後、私たちは…
その後、調停で離婚が成立しました。不倫の証拠集めに悩んでいた矢先の事故は、皮肉にも決着を早める結果となりました。事故を起こしたことで、夫は不倫相手の両親から責任を問われていると聞きましたが、もう私には関係ありません。
慰謝料は一括で受け取り、私は息子と新しい生活を始めました。シングルになって毎日はたしかに慌ただしいですが、心は不思議なほど穏やかです。これからは、この子の成長を一番近くで見守りながら、私自身の人生も、自分の足でしっかり歩いていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
出産後の大変な時期に、相手の変化や不安に向き合わないままでは、夫婦の溝は深まる一方ですよね。向き合わなかった代償は、いつか形になって表れるのかもしれませんね。
【取材時期:2026年1月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。