父「学費は出せない」私が選んだ道は…
高校3年のとき、本当は美術系の大学に進学してものづくりを学びたいと思っていました。しかし父から告げられたのは、「学費を出せるのは兄だけだ。お前は働いて家を出ていけ」のひと言。私は何も言い返せず、進学を諦めました。その矢先、学校の体験授業で訪れた和菓子店で、店主の職人技に心を奪われたのです。
「指先ひとつで形が変わる。おもしろいだろう?」そう笑う店主に、気がつけば「ここで働かせてください!」と頼み込んでいました。ちょうど人手が足りず、私はそのまま修行を始めることに。父や兄からは「どうせ続かない」と言われましたが、手先が器用だと褒められるうちに仕事に夢中になり、兄のいない場所でようやく自分の居場所を見つけた気がしたのです。
ある日突然…両親から告げられたのは
修行を始めて5年が経ったころ、珍しく両親から実家に呼び出され、「大事な話がある」と向かい合って座らされました。父は咳払いをして、「お前、結婚する気はないか?」と言います。まだ半人前の身で結婚など考えたこともなく戸惑う私に、父は続けました。
「会社の取引先の部長に娘さんがいてな。お前より5つ年上で、少し行き遅れらしいんだが……『真面目な若い男がいたら紹介してほしい』と頼まれていてさ。ここで恩を売っておきたいんだよ」
要は取引先へのご機嫌取りでした。私が黙っていると、母が「やさしい子らしいの。お見合いだけでもしてみない?」と促します。兄は腕を組みながら「お前にはこれくらいしか役に立てる場面ないんだから」と鼻で笑いました。
そんなとき、店主に言われた「人生で一度、結婚してみるのもいいぞ」という言葉がふとよぎりました。
婚後に明かされた、彼女の“本当の姿”とは
お見合いの席に現れたのは、大きなメガネをかけた、おとなしそうな女性。話してみると和菓子が好きで、お店巡りが趣味だと言います。
「和菓子職人さんなんて、なんだか素敵ですね」そう言ってメガネの奥の目がきらりと輝いた気がして、私は思わず笑ってしまいました。政略結婚だと割り切っていたはずが、「この人となら悪くないかもしれない」と思った自分に驚きました。
その後はとんとん拍子に話が進み、1年後に結婚式を挙げ、2人の生活が始まりました。新居で荷物を片づけていた彼女が振り向いた瞬間、私は思わず息をのみました。
ゆるく巻いた髪を肩に流し、メイクをした彼女は、別人のように美しかったのです。
「付き合っているときはおとなしいほうが印象がいいと思って……」「これまでお見合いで何度も失敗してきたから」と、本当の自分を隠していたのだと彼女は笑いました。生き生きとした彼女を見て、なんだか自分の境遇と重なり、不思議と嫌な気持ちはしませんでした。
彼女は行動力のある人で、「和菓子屋のお師匠さんが、『そろそろ一人前だ』と言っていたそうですね。地元で小さなお店を出しませんか?」と突然提案してきました。「私の貯金もあるし、父に相談したら、店舗の保証人くらいなら引き受けるって言ってくれました」その言葉を聞いたとき、「覚悟を決めて、和菓子店を出してみるか」と決めました。
兄からの“予想外のお願い”に、私は――
1年後、駅から少し歩いた商店街の一角に小さな和菓子店をオープン。彼女はロゴや内装、接客を担当し、私は厨房に立ち続けました。そして、試行錯誤の末に作ったオリジナル和菓子が評判となり、生活は安定していきました。
ある休日、店の前に訪れた兄が「自分の人生をちゃんと歩んでいるんだな。それに比べて俺は……」ぽつりと漏らしました。兄の勤める会社は不景気と人手不足で残業続きだといいます。兄の弱音を聞いた日、胸のつかえがすっと消えているのに気づきました。かつては兄と比べられるたび苦しかったのに、もう比べる必要はありません。
数週間後、両親と兄から食事に呼び出されました。席に着くや否や、兄が口ごもりながら言いました。「……その、お前の店を手伝わせてもらえないか?」続けて「部署縮小で給料が下がる」「転職も考えてる」と弱々しい声で打ち明けます。母も横から「少しの間だけでも助けてあげて」と泣きついてきました。
私は静かに告げました。「悪いけど、うちの店は“コネ”で人を雇わないよ」兄と両親がぎょっとして顔を上げます。「応募するのは自由。でも“血縁関係だから”とか“親の頼み”なんてのは、一切関係ない」兄の顔がみるみる赤くなり、父も母も言葉を失っていました。
それ以来、兄も両親も連絡してくることはなくなりました。けれど私は、妻と一緒に店を切り盛りしながら、穏やかで幸せな日々を過ごしています。
◇ ◇ ◇
つらかった幼少期でしたが、自分を信じて努力し続ければ、いつか本当の居場所と味方が見つかるのかもしれませんね。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。