それは、大学時代の友人4人に、私の婚約者を紹介した食事会のあとのこと。
彼は地元の有名企業に勤める、いわゆる“好条件”の婚約者でした。両家への挨拶も済み、式場も押さえ、結婚準備は順調——そう思っていました。私たちは結婚準備のため、半同棲のような形で一緒に過ごす日も増えていました。だからこそ、彼の些細な変化にも気づけるはずでした。
これであとは婚姻届を出すだけ――そんな私のもとに、友人のうちの1人から、強烈な違和感をおぼえるメッセージが届いたのです……。
祝福の言葉に混じる毒
「今日はありがとう! 彼、かっこよすぎてびっくりしちゃった!」「正直、あんたにはもったいないっていうか……」
祝福に見せかけた棘だと、すぐにわかりました。まさか婚約者にまで目をつけられるとは思いませんでした。
さらに、「連絡先も交換したし、友だちとしてもっと彼にあんたのことを教えてあげないと」「それに、彼の業界、私と近いし……仕事の話も、もっと聞きたいんだよね! 」などと、執拗に私の婚約者との接点を持とうとしてくるのです。
私はその友人について、すぐさま彼に釘を刺しました。彼は「わかってるよ! 俺は君しか見てないから」と笑ってくれました。
その言葉を、私は信じていたのです。
違和感が確信に変わった夜
しかし、その約束はあっけなく破られました。
1カ月後、偶然通りかかった駅前のカフェで、人目を避けるように奥の席で話し込む婚約者と例の友人の姿を目撃してしまったのです。
帰宅した彼は「偶然会って仕事の相談をしただけ」と言い張りました。けれど、どうしても腑に落ちない。私はその夜、彼のスマホを見ました。
彼がシャワーを浴びている最中、私はテーブルに置かれた彼のスマホに手を伸ばしました。もちろんロックはかかっていました。でも、「運転中にナビ入れて」とか「式場からの連絡を見て」とか、半同棲の中でスマホを頼まれることが増えて、暗証番号だけは教えられていたのです。まさか疑われているとは思っていなかったのでしょう。
震える手でロックを解除し、メッセージの履歴を見た瞬間――血の気が引きました。
画面には、さっきカフェで会っていた友人の「今日会えてうれしかった♡」と、彼の「すぐまた会えるよ♡」という返事が並んでいました。続けて彼は、「近いうちにちゃんと整理する。もう少し待ってて」と送っていたのです。
……そこには、私を嘲笑い、愛をささやき合う2人の世界が広がっている――。
スマホを勝手に見ることへの罪悪感はありました。それに、これ以上2人のやり取りを見たくない……という気持ちもありました。
それでも、これからの私を守れるのは、この「証拠」だけ――震える指を動かして、やり取りの初めまで遡りました。そして、私は自分のスマホでやり取りのすべてを撮影し、彼のスマホを元の位置に戻したのです。
何食わぬ顔でいるつもりでしたが、あまりのショックに吐き気がして、シャワーから出てきた彼に笑顔を向けることさえできませんでした。涙が出てきそうになったので、「体調が悪い」と嘘をついて、早々にベッドにもぐりこみました。
どうして? 私の何がいけなかったの? 2人とも、信じていたのに……。
結局涙が止まらず、一睡もできないまま朝を迎え、私は決めました。
――もう、こんな裏切り者たちのために泣かない。
翌日――。
人目がある場所のほうがいいだろうと思い、私は仕事帰りの婚約者をカフェに呼び出しました。そして、昨晩保存した画像を突きつけたのです。
顔面蒼白になった彼は、「えっ……いつの間に……」「ち、違うんだ、これは一時の気の迷いで……」と言い訳を始めました。
「『近いうちにちゃんと整理する』んでしょう? だったら今ここで整理して。婚約は終わり」
そう言い捨てて席を立とうとすると、彼は青ざめて言い訳を並べ、「今さら別れるなんて困るだろ」とすがってきました。
……最低だと思いました。結局、彼が気にしているのは世間体だけ。その本音が見えた瞬間、わずかに残っていた情も消え失せました。
私は腕を振り払い、「婚約は破棄。弁護士に会いに行く」とだけ告げて店を出ました。背後で私の名前を叫ぶ彼の声が聞こえましたが、私が振り返ることはありませんでした。
1年後の答え合わせ
それから1年――。
あの一件以来、私は例の友人とも元婚約者とも距離をとっていました。しかしそんなある日、友人からメッセージが届いたのです。
「久しぶり! あんたに報告したいことがあって!」
いきなり勝ち誇ったような口ぶりです。
「実はね、私、あんたの元婚約者と付き合ってるの。明日から同棲始めるんだ~」
さらに彼女は続けます。
「最近あんた集まりにも来ないじゃん? きっと彼のこと引きずってて、泣いて暮らしてるんだろうなぁって思って」「でも、彼はもう私を選んだわけ。だからもう、彼に執着するのはやめてくれない?」
そのメッセージを読んで、私はすべてを察しました。
元婚約者の性格上、周りに「フラれた」とは言えなかったはず。だから彼は、私が友人たちから距離を置いているのをいいことに、「俺は別れたいのに、あいつが未練たらたらで……」といった嘘を周囲に吹聴して、自分のプライドを守っていたのでしょう。
どこまで私のことをこき下ろせば気が済むのか……。私は深いため息をつきました。
「明日、2人で新築の高級賃貸マンションに引っ越すの♡」
「ハイスペな彼、奪っちゃってごめんねぇ?」
私は思わず笑ってしまいながら返信しました。
「……奪われてないけど?」
「は?」
こちらの返信を見た彼女は、すぐに通話をかけてきました。
「強がって惨めねぇ!」
「強がりじゃないよ。今、旅行中」
実際、私は大学時代のサークルの先輩と旅行に来ていました。別れた直後に相談に乗ってもらい、少しずつ距離が縮まって付き合うことになったのです。
「……は?」
彼女の間の抜けた声を聞き、私は続けました。
「それと、あなたたちがつながってたの、1年前から知ってる。彼をフッたのも、私からだから」
私は証拠を持って弁護士に相談し、内容証明を出しました。何度かやり取りを重ねた末、示談書を交わして、慰謝料は一括で振り込ませました。
「……慰謝料って、どういうことよ」という彼女。本来なら、私は彼女にも慰謝料を請求する権利がありました。
しかし、彼は「彼女には知られたくない。全部自分が払う」と言い出しました。弁護士を通し、示談書に「口外しない」条項を入れたうえで、私は彼だけから受け取る形で手打ちにしました。
絶句する彼女に、私はさらに追いうちをかけました。
「……そういえば、これから2人で新築の高級賃貸マンションに住むんだっけ。彼の名義で借りたの?」と聞くと、彼女は威勢を取り戻し、「もちろんよ!」と言ってきました。
「……審査、よく通ったね」と私が言うと、「今度は何よ……」と少し怯えたような声の彼女。
「彼、社内で女性トラブル起こして先月辞めたって。慰謝料はもう一括で受け取ってるよ」「足りなかったから借りたんじゃない? 私は知らないけど」
実は、元婚約者と同じ会社に、私の高校時代の友人が勤めており、彼の退職について知らせてくれたのです。さすがに詳しいことまでは聞けなかったけれど、社内で女性絡みのトラブルを起こした、とだけ教えてくれました。
「審査は退職前に通したってところかな? 幸せな同棲生活になるといいね!」
嫌味なことを言っている自覚はありました。私の言葉を聞いた彼女は、無言で電話を切りました。
裏切りの代償
翌日――。
例の友人から泣き叫ぶような声で電話がありました。
「お願い、助けて! 私、もうおしまいだよ……!」
電話の向こうからは、車の走行音や街の雑踏が聞こえ、彼女が外にいることがうかがえました。
彼女が昨晩、彼を問い詰めたところ、最悪の事態が発覚したそう。
彼が期日までに初期費用を振り込んでいなかったらしく、不動産屋は何度も連絡していたのに、彼は無視し続けたそうです。そして鍵の受け取り当日、店舗で「入金確認が取れないため引き渡せない」と告げられ、その場で契約解除になったそうです。
彼女は「結婚するから」と退職届を出し、有休消化に入っていました。すでに住んでいた部屋も解約済みでした。引っ越しの荷物も全部トラックに積んであるのだとか。
「鍵がもらえなくて荷物を降ろせないから、一旦荷物を倉庫に預けなきゃいけないんだって! それで、いろいろ費用がプラスでかかって……どうしよう」
彼女は泣きながら続けます。
「彼、『お前が金出せば借りられたんだよ!』って逆ギレしていなくなっちゃったの……。私、家もないし、仕事もないし……お願い、家に泊めて! お金も貸して! 絶対返すから!」
私より先に実家に頼ることを提案すると、「そんなことできない!」と彼女。玉の輿に乗るとさんざん自慢して、心配するご両親に啖呵を切って出てきた彼女は、今の無様な姿を見せられないと嘆いていました。プライドが高い彼女は友人にも頼めなかったようです。
自業自得とはいえ、正直なところ、同情してしまいました。しかし、大切なパートナーとの楽しい旅行を犠牲にしてまで、彼女を助ける義理は私にはありません。
「……私にはどうしようもできないわ。旅行中だし」「彼が待ってるから、切るね」
彼女の悲鳴じみた「助けてよ!」という声が聞こえましたが、私は一方的に電話を切りました。そして、心配そうに私を覗き込んでいた先輩――今の恋人の手を強く握り返しました。
その後――。
友人の新たな電話番号もブロックし、知らない番号からの着信には出ないことを徹底している私。引き続き、共通の友人たちとも距離を置いているため、彼女や元婚約者がどうしているかはわかりません。
信じていた友人とパートナーからの裏切りは、私の心を深くえぐりました。人間不信に陥り、何日も眠れない夜が続きました。それでも、泣き寝入りして自分の人生を腐らせるより、痛みを抱えながらも前に進むことを決めた自分の選択は、間違いではなかったと思います。
傷が完全に癒える日はまだ遠いかもしれません。しかし、自分の尊厳を守り抜いたという事実と、新たな恋人の誠実さが、いつかこの傷を塞いでくれると信じています。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。