亭主関白な義父が要介護に…。40年間、我慢してきた義母が恩返し!?

私は30代の兼業主婦です。仕事をしながら、夫と5歳の娘と暮らしています。私の悩みの種は、近くに住む義父の存在です。
たまに義実家へ顔を出すことはありますが、穏やかな時間は長く続きません。
女は孫じゃない……!?
ある日、義実家で娘と一緒に義母や夫と談笑していたときのこと。突然、「うるさい! 騒ぐんじゃない!」と義父の怒鳴り声が響きました。
「俺は女は孫とは認めないと、何度言ったら分かるんだ!」
場の空気は一変。義母は困ったように微笑み、「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに……」と謝るばかり。義父の暴言にはみんながすっかり慣れてしまっていて、義母も「逃げる」という選択肢を持ちません。
夫はそんな義母のことをいつも心配していて、私も「もしものときは、すぐに義母を迎えよう」と心に決めていました。そんなある日、義母から一本の電話が入ったのです。
倒れた義父と変わらぬ態度
「お、お父さんが倒れて病院に運ばれたの!」
命に別状はなかったものの、しばらく入院することになった義父。お見舞いにいくと、相変わらず、家族や義母への文句を言っていました。
一方義母は、義父が家にいない間、少しずつ笑顔を取り戻し、どんどん明るくなっていきました。
そんな数日間を過ごし、義父が退院する日となりました。私たちは「これを機に、施設に入ってくれたら……」なんて淡い期待をしていましたが、義父は言い放ちました。
「お前が俺を世話しろ! 施設には絶対に入らん! 夫の世話をするのが妻の仕事だろうが!!」
私はもうこれ以上、義母が犠牲になるのは見ていられませんでした。しかし、義母は静かに微笑みながら「今までの恩返し、たっぷりさせていただきますからね」と言ったのです。その言葉には、不思議な強さがありました。
すると義母は、退院して家に戻った義父にメルヘンなイラストやキャラクターの服を着せ、食事もかわいらしい盛り付けにして出しました。義父はどれだけ横柄な態度を取ろうと、義母の助けがなければ、着替えも食事も一人ではできないのです。もう以前のようにはいきません。
そんな、ささやかな仕返しをする義母に義父は怒鳴り散らします。すると義母は静かに語り始めたのです。
義母の小さな仕返し
「たしかに、生活できたのはあなたが稼いでくれたおかげ。でも、お金だけじゃ家庭は回らないのよ。私はあなたに感謝してた。でも、あなたは私に感謝したこと、あったかしら? この40年、毎日あなたに怒鳴られて、罵られて……ずっと耐えてきたの。それなのに、これからも毎日あなたの介護なんて、正直もう無理です。施設に入っていただけないなら、私が家を出て行きます」
義父はしばらく考えてから、静かに「すまなかった」と言い、リハビリができる施設に入ることを了承したのです。
義父が自分で身の回りのことをできなくなるまで、ひたすら耐えた義母の辛抱強さには、驚きました。義父の入所後、怒声が響くことがなくなった義実家では、義母が穏やかな日常を取り戻しました。
義母に同居を提案しましたが、「今はひとり暮らしを楽しみたいの」と断られてしまったほど、今の生活を楽しんでいるようです。習い事を始めたり、ご近所さんと出かけたり、毎日楽しそうでホッとしています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、専業主婦を見下して家事も育児もしない夫と、そんな兄に便乗して非常識な要求を繰り返す義妹のエピソードです。高熱で倒れた主人公を前にしてもなお、自分たちの遊びを優先しようとする2人に、最強の助っ人が立ちはだかり……?
「専業主婦なんだから」妻を家政婦扱いする夫。見下し続けた結果…?

専業主婦を無料で使える家政婦だと勘違いしている夫。さらに義弟が単身赴任になったことをきっかけに、夫の実の妹である義妹が毎週末、娘を預けてくるように……。
毎週末、小学1年生の子どもを預けに来る義妹。夫に「あなたの姪なんだから、面倒見てほしい」と言っても、「あとはよろしく!」とだけ言って外出してしまいます。
その週末、私は40度近い熱を出してしまいました。夫に姪のことをお願いしても、「友だちと釣りに行くから無理!」と。義妹に事情を説明しても、「娘には菓子パン持たせるから大丈夫! 私は友だちと出かける用事があるの! もう小1だし、そんなに手はかからないから!」と、意味不明な理屈で押し通されてしまいました。
そして、義妹は「娘、玄関に置いていくから! 夕方ごろには迎えに来るから、それまでよろしくね!」と言って、電話を切ってしまったのです。夫が以前、義妹に頼まれて姪にわが家の合鍵を渡していたらしく、姪は「おじゃましまーす」と言いながら自分で入ってきました。
ひどい頭痛と寒気に苦しめられながら、ふらつきながらも玄関で姪を出迎え、どうにかリビングに招き入れた私。しかし、いつの間にかリビングで倒れてしまったようで、次に気づいたときは病院のベッドの上でした。そばには義母が心配そうに座っていて……。
一大事に駆けつけてくれた救世主
「あら、目が覚めた? 具合はどう? 少しは落ち着いたかしら?」
目を開けると、私の顔を覗き込んでにっこりほほえむ義母の姿が。私が返事に困っていると、義母は「孫ならうちでお父さんと遊んでるから、安心して」と言ってきました。
「あなた、倒れたのよ。それで、孫が自分の携帯で私に連絡してきたの。娘とは連絡が取れなかったみたいで……慌てて駆けつけたら、高熱で意識もなかったから、救急車を呼んだの。息子にも娘にも何度も連絡したんだけど、出なくてね……」
心配そうに話す義母に私は「夫は友だちと釣りに、義妹さんは友だちと遊びに行きました」と答えました。
すると「じゃあ、すぐに帰ってきてもらわないと」と言って、2人に連絡しようとした義母。私はそれを押しとどめました。
「伝えたところで、帰ってこないと思います。2人とも、私が高熱だと知ったうえで出かけて行ったので……。私、数日前から体調を崩していて、それで今日、姪を預かるのを中止にさせてほしいって頼んだんですけど、聞いてくれなくて……」そう話しました。
私の話を聞いて、「あなたの体調不良を知りながら、無視して出かけたってわけね」と眉をひそめた義母。「それにしても……私も近所にいるのに実の親の私ではなく、なぜ娘はあなたに子守りを頼むのかしら? 孫もあなたによくなついているみたいだけど、もしかして、結構な頻度で預けられてる?」と聞かれ、「半年ほど前から、毎週……」と答えました。
すると、「毎週!? あの子ったら……!」と驚いた義母。しばらく考え込んだあと、「まず、あなたは体を回復させないといけないわね」と笑顔で言ってくれたのでした。
体調不良の妻をないがしろにした夫
2時間後――。
「おい、今帰ったけど、なんで家にいないんだ? メシも風呂もまだかよ。お前、どこにいんだよ?」
夫からそんなLINEが届いたのは、私が点滴を受けている最中のことでした。「高熱で倒れて、救急搬送されたの」と返信しても、すぐに「は? そんなの聞いてないんだけど」と返事が来ました。義母が夫に何度も電話したにもかかわらず、まったく出ないで、掛け直していない夫。それでいて聞いてないなんて、よく言えたものです。
さらに夫は「どうせまた寝込むふりしてサボってんだろ? 家事放棄してどうすんだよ」と、追い打ちをかけてきました。私は、何も言葉が返せませんでした。
「救急搬送って、どうせ家事をサボりたいだけの口実だろ!? 専業主婦なんだから、早く帰ってきて俺のメシを作ってくれよ」
「あんた……母親の私のこともそんな風に思ってたの?」
「え!?……母さん?」
私に代わって、夫に返信してくれたのは義母でした。そしてすぐさま義母は、夫に電話をかけました。今度はすぐに電話に出た夫。
義母は夫が出るやいなや、「救急搬送されるほど体調の悪い妻に、なんてことを言うのよ! 主婦は体調不良のときも休めないって言うの? 仕事をしてるほうが偉いとでも思ってるの?」
突然、義母から叱責され「どういうことだ!? なんで母さんが……?」と驚いた夫でしたが、すぐに「夫婦のことに母さんが首突っ込んでくんなよ!」と言い返してきました。
「私が首突っ込んでなきゃ、彼女はあのまま倒れていたのよ! 高熱の妻を放って、自分の遊びを優先するような人間に、家庭を守る資格があるとは思えないわ。一度、夫婦でちゃんと話すべきよ。このままだと、彼女の気持ちは完全に離れてしまうわよ」
「あいつの気持ちが俺から離れる? 専業主婦のくせに、俺と別れられるわけないだろ! 同じだからって、母さんはやたらあいつの肩を持つんだな。専業主婦の仕事なんて家事だけだろ。高熱くらいで、それを怠るなんて甘すぎなんだよ」と、反論する夫の言葉を聞いた義母の顔はみるみる赤くなり、小刻みに震え始めました。
「あんた、今なんて言った?」と、絞り出すような低い声で言い返した義母。
「主婦の支えが微々たるものだと、本気で思ってるのね。だったら自分でやればいいわ。どれほどの負担か、経験してから言いなさい。何も知らないまま見下すんじゃない」と言った義母に、「やろうと思えば、できないこともないけど……でも、こっちは毎日働いてるんだ。帰ったら休む時間くらいほしいだろ。次の日の仕事に備えるのも、大事だ」と返した夫。
「微々たる家事くらい、休みながらでもできるでしょ? お総菜は禁止で、食費は月4万以内ってあんたが決めたらしいじゃない。だったらそのルールも全部守りなさいよ。言うだけなら誰でもできます。実際に全部やってみてから、もう一度同じことが言えるかどうか、試してみたら?」
そこまで義母に言われて、言葉に詰まった夫に、義母は「とにかく、1度きちんと話し合ったほうがいいわ」と言って、電話を切ってしまいました。
何も知らず預かり延長の連絡をしてきた義妹
それからしばらくすると、義妹から、私に電話がかかってきました。「悪いんだけど、今日はこのまま友だちと朝まで飲むわ! 娘の面倒、明日の朝までよろしくー!」そう言う義妹に、私が困っていると、横から義母が……。
「娘を放置して朝まで飲み歩くって、どういうこと!? あなたに親を名乗る資格はないわね!」と一喝。
「え……お母さん……!? なんでお母さんが?」と驚く義妹に義母は「高熱の義姉に子どもを預けて、朝まで飲み歩こうだなんて……怒りを通り越してあきれてしまうわ。しばらく孫は私が預かるわ! あと、単身赴任してるあなたの旦那さんにも連絡してあるから。明日、朝一の飛行機で帰ってくるらしいから、そのまま話し合いしなさい」と続けました。
義母は、義弟が単身赴任になってから義妹がワンオペ育児を頑張っていると思っていたそう。その分、失望も大きかったようでした。
「ワンオペ育児がつらいんだったら、まわりに迷惑かける前に当事者同士で話し合えばよかったのに……」ため息混じりに義母がつぶやくと、義妹の電話口から男の笑い声が聞こえてきました。義母は一瞬、黙りこみ、そして低い声で問いかけました。
「今、後ろで笑ってたの……男の人よね? 友だちって聞いてたけど、本当なの?」
「え? あ、うん……ただの飲み友だち……」そう言う義妹に、義母は冷ややかに言いました。「さっき、あなたの旦那さんから電話があったの。最近、妻の様子がおかしい。もしかして浮気をしてるのかもしれないって」すると義妹は「な、なんで……なんで、旦那に浮気のことバレてるの……」とうろたえました。
「ど、どうしよう、お母さん! 離婚されたら、私、実家に戻って……」と言う義妹に、義母はピシャリと「好き勝手しておいて、今さら実家を頼らないで。もう面倒は見られません」と返しました。
「それじゃあ、話し合いが終わったら連絡をちょうだい。それまで、孫はうちで預かっています」と言って、またも義母は一方的に電話を切ってしまいました。
その後
義母に煽られた夫は、「専業主婦のやってる家事くらい余裕だ!」と強がり、勢いのまま私と離婚。そして、ひとり暮らしを始めました。しかし、現実は厳しかったようで「料理中にコンロを焦がしてしまい、管理会社から注意を受けた」「洗濯物を干し忘れてカビさせてしまった」「家事と仕事の両立がこんなにつらいとは思わなかった」と、泣き言ばかりを元義母にこぼしているそうです。
一方、元義妹夫婦は、やはり元義妹の浮気が原因で離婚に。姪の親権は義弟が取り、元義妹はパートを掛け持ちしてなんとか暮らしているとのことです。
私はというと、財産分与で受け取ったお金を少しずつ使いながら、これまで先延ばしにしてきた「自分の人生」と向き合い始めています。誰にも邪魔されず、誰にも押しつけられず、ようやく深呼吸ができる日々。元義母や元姪がときどき遊びに来てくれて、たまに一緒に過ごす時間が、今はとても心地よいです。これからは、もう誰の顔色もうかがわず、自分のリズムで、自分の足で、人生を歩いていきます。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
どちらのケースも、パートナーや家族への「感謝」と「敬意」の気持ちが欠けた結果、大切な存在を失うことになりました。当たり前のように支えてくれている人の存在は、失って初めてその大きさに気づくものなのかもしれません。
自分の心と体を守るためには、ときに「NO」を突きつける勇気も必要です。困難な状況に置かれたときは、自分を大切にできる環境を自ら作り、自ら道を選び、幸せな未来を切り開いていきたいですね。