母の電話の用件は、妹が離婚するという報告でした。妹贔屓の母の声は沈んでいるように聞こえます。
「だからね、新しい家にあの子と子どもたちも一緒に住めるようにしてあげて」と母は続けます。
新しい家とは、私たちが建てた二世帯住宅のことでしょう。母は、離婚で傷ついている妹に少しでもいい環境を整えてあげたいとのこと。いつものように「お姉ちゃんなんだから」と言って私を従わせようとします。
実母の主張
今までも数々の無理難題をふっかけられたのですが、これはこれまでに最大かもしれません。新しい家は私たちの将来設計に合わせた間取りにしているので、余っている部屋などないのです。
「そんなの無理だ」と告げると、母は「本当に冷たいわね」とため息まじりに返してきます。
そして母は「だって家の資金は、うちも出したじゃない。土地は向こうかもしれないけど、うちだって半分出資したようなもの。だから妹にも住む権利はあるでしょ」と主張するのです。
「出資」とは、新築祝いとしてもらった10万円のこと。それを出資というのは違うのでは? というと、金額の問題ではなく気持ちだと考えているようです。
妹の離婚理由
このまま母と話していても埒があかないと感じ、私は直接、妹に連絡をしました。すると妹も、私たちが建てた家に住みたいと、ためらいもなく言います。遠慮は一切なく、さらには「いずれ義両親がいなくなったら、二世帯住宅の片方を使えばいいよね」と、無神経なことを言うのです。
そもそもなぜ離婚することになったのか? と尋ねると、妹の浮気が原因とのこと。さらに、子どもとの血縁を疑った元夫が出したDNA鑑定の結果、子どもの父親が元夫ではないことが判明したと言います。結果、養育費も受け取れずに離婚したのだと、妹はどこか他人事のように語ったのです。
あまりの話に言葉を失いました。「それは私たちが背負う問題じゃないと思う。自分で向き合うしかないよ」と伝えると、妹は不機嫌になり話を打ち切ろうとしました。その態度からは、反省や責任を引き受けようとする姿勢は見えません。
妹をこのままにしておくと、これから先もずっと迷惑をかけられ続けるでしょう。どうにかしなくては……と考え、夫にとある相談を持ちかけました。
家を譲る条件
後日、母からあらためて「鍵はいつ渡せるの? 」と催促の連絡が来ました。妹も一緒にいるのでしょう、電話の向こうから妹の声も聞こえてきます。
「住むところがなくて困ってる妹にやさしくしてよ〜」と甘えた声を出す妹。間髪入れずに母が「お姉ちゃんなんだから!」と口を挟みます。
「……仕方ないね。そこまで言うなら来てもいいよ!」と私。母と妹はとても喜んでいました。
しかし、妹との同居は長くは続きませんでした。新居での生活が始まってから2週間ほどで、妹は音を上げ、家を出ていったのです。これは、ある程度予想していた展開でした。
義両親はとても厳しい人で、甘やかされて育った妹やその子どもたちにもしっかりと指導が入りました。挨拶や他人への気遣い、生活態度……どれも義両親の言うことはもっともで、 私も幼少期から目に余ると思っていたことです。
結局妹たちは義両親との生活にギブアップ! 決して広くない実家に子どもを連れて帰ってきました。
次に限界を迎えたのは…
しかし数日で、今度は母が限界を迎えたよう。
妹は家事も育児もほとんど母任せ。部屋は散らかり放題、子どもが泣いていてもスマホを優先し、叱れば逆ギレ。毎日のように言い争いが絶えず、疲れ切った母は私の家に引っ越してきたいと言い始めました。
しかし、ここで受け入れるわけにはいきません。迷いはありましたが、自分の家庭を守るために、私は母の申し出をキッパリ断りました。母は何度も謝ってきましたが、私の決意が揺らぐことはありませんでした。
それ以来、母や妹とは連絡をとっていません。時々、それぞれから愚痴が書かれた長いメッセージが届くところを見ると、きっとうまくいっていないのだと思います。
大切にしてきた娘と同じ屋根の下で過ごしているはずなのに、家の中は荒れ、心にも余裕がなくなっていく――その結果を思うと、少し切ない気持ちにもなります。
私はもう、母や妹の人生を背負うことはしません。誰かの選択の後始末を引き受けるより、自分が築いた家庭を守ることを選んだのです。
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「お姉ちゃんなんだから」「家族なんだから」と我慢を求められ続けると、自分の気持ちや生活を後回しにしてしまいがちです。誰かひとりが抱え込むのではなく、無理のない距離や形を考えながら、それぞれにとって納得できる家族のあり方を見つけられるといいですね。
【取材時期:2025年11月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
酷いよコレ