そんな中、またしても夫が退職。「体が限界だから仕方がない」と繰り返し口にしました。
日々の体調不良や絶えない転職——私は次第に「この人は体調を盾に、責任から降りているだけではないか」と思うようになっていました。ただ、そう感じてしまう自分を責める気持ちもあり、決定的な証拠もありません……。
言い返せば揉めるでしょう。私は今の生活を壊さないためにその思いを飲み込み、「家にいるなら家事だけでも」と頼みました。
義母の会社への再就職
夫は、家事を分担すること自体に強く抵抗しました。「療養のために家にいるのだから、負担を強いるな」と主張します。しかし今回は私も引きません。少しでもいいから……とお願いしたのです。
夫は家事から距離を置くためなのか、義母の会社への就職を決めてきました。正直、私は気が進みません。身内の職場は甘えが出るでしょう。
案の定、働く姿勢は以前のまま……。早退ばかりするくせに、帰宅後は元気にゲームをし、お酒を飲んでいます。それなのに病院には行こうとしません。
「休むなら休むで、体を休めて」と言っても、夫は「ゲームしているときが一番気が紛れるんだよ」と笑って返すばかり。夫の体調不良はいつまで続くのか——不安ばかりが募っていました。
そんなある日、早退してきた夫が飲み会に出かけると言います。私は言葉を失いました。止めようとすると、「夕方まで休めば回復する」と軽い調子で笑い、私の制止も聞かず、そのまま出かけていってしまったのです。
私を襲った激しい腹痛
その夜、私は立っていられないほどの腹痛に襲われました。冷や汗が止まらず、息が浅くなっているのがわかります。思えば数日前から調子が悪かったものの、仕事と副業と家事で病院に行けずにいたのです。
私はすがる思いで夫に電話し、家に帰ってくるようお願いしました。
しかし返ってきたのは、軽い笑い混じりの声でした。「大げさ! 薬飲んで寝れば治るって」「楽しんでるところなのに帰らないとダメなの?」
日ごろから体調不良を訴える夫なら、今の私の気持ちを理解してくれると思っていました。それなのに夫が私に寄り添ってくれることはなかったのです。
薄れる意識の中、私は近くに住む義母に助けを求めました。
夫の変化
義母は異変を察し、急いで自宅へ来てくれました。なんとか玄関の鍵を開けた私はそのまま意識を失い、義母によって病院に運ばれたのです。
病院で目を覚ましたのは翌朝でした。医師から「我慢のしすぎだ」と言われ、私は自分が限界を超えていたことをようやく実感したのです。
しばらくして病室に現れた夫は、義母に厳しく叱られたあとだったようで、いつもの軽い態度ではありませんでした。
後から義母に聞いた話によると、夫は義母からの連絡に対しても「酒を飲んで移動できない」と言ったそう。そんな夫に対し、義母は厳しい口調で私がずっと口に出せずにいた違和感を伝えてくれたのです。
義母が夫に「そんなに毎日体調が悪いなら病院に行け」とキツく言うと、夫はしどろもどろだったそう。そのまま急いでタクシーで帰ってきたのだとか。
「ごめん。本当に悪かった」そう言って頭を下げる夫を見て、私は感情的になるよりも、これ以上同じことを繰り返したくないと思いました。
私は夫に反省ではなく、具体的な約束を求めました。体調不良を理由に休むなら必ず受診すること。家事は“できるとき”ではなく担当を決めること。そして嘘をつかないこと——。
「守れないなら、今の生活は続けられない」そう伝えると、夫はうなずき「これからはちゃんとする」と約束しました。
退院後、私は無理をせず、決めたルールを淡々と守ることにしています。まだ途中ですが、少なくともうやむやな我慢だけの生活には戻らないつもりです。
◇ ◇ ◇
家族の体調不良は、本人にしかわからないつらさがある一方で、支える側にも負担が生じます。そしてその負担は口に出しにくく、気付きにくいもの……。「我慢すれば回る生活」を続けていると、気付かないうちに限界を超えてしまうこともあるでしょう。
体調への配慮と、生活を成り立たせる現実は切り離せません。思いやりだけで抱え込まず、感じていることを言葉にすることが、誰かが倒れてしまう前の大切な一歩になるのかもしれません。
【取材時期:2025年12月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。