突然始まった「無視」と「陰口」
きっかけは、僕が「配達料」の相談をしたことでした。
実は、先代からの付き合いということもあり、ガソリン代や手間賃などの「配達料」はずっと無料(サービス)にしていたんです。でも、昨今の燃料費高騰でそれも限界に。
「これからは少しだけ配達料をいただけないでしょうか」と、僕は申し訳ない気持ちで若女将にお願いしました。
すると若女将は、「はあ? 魚屋の分際で、ウチから手数料を取る気?」と鼻で笑ったのです。
その日以来、店に行っても若女将は僕を完全無視。
僕が「おはようございます!」と挨拶しても、スマホを見たまま返事もしません。
それだけでなく、近くにいる板前さんたちと顔を見合わせ、「なんか、ケチくさい男が来ると空気悪くならない(笑)?」なんて、僕に聞こえるように陰口を言うようになったのです。
「あんたの代わりなんていくらでもいる」
それでも僕は、「先代にはお世話になったし……」と、悔しい気持ちを飲み込んで配達を続けていました。
しかしある日、いつものように無視されながら納品を終えると、若女将が背中越しに冷たく言い放ったのです。
「ねえ、やっぱり配達料なんて払わないから。嫌ならもう来なくていいわよ」
「あんたの代わりなんて、いくらでもいるんだからさ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で張り詰めていた糸がプツンと切れました。
(ああ、もういいや。ここでは僕がどれだけサービスしても、全く伝わらないんだ)
僕はその場で深くお辞儀をしました。
「わかりました。長年ごひいきありがとうございました」 僕がそう告げると、若女将たちは「へえ、本当に辞めるんだ。どうぞどうぞ(笑)」「これで、まともな業者と付き合えるわ」と、最後までバカにした態度でした。
僕はその足で取引停止の手続きを済ませました。もうここに来なくてもいいんだと思うと、気分は晴れやかでした。

翌月、スマホが鳴り止まない!
翌月のある朝。僕はいつも通り市場での仕事を終え、別の常連さんの店へ向かっていました。すると、ポケットのスマホが突然、激しく鳴り始めたのです。
画面を見ると、あの「若女将」の名前。 もちろん僕は無視しましたが、着信は1分おきに、まるで鬼のように入り続けます。
留守番電話を確認すると、若女将の悲痛な叫び声が録音されていました。
『ちょっと!今すぐ配達して』
『他の業者に当たったけど、ウチの料亭で出せるようなレベルの魚、どこも持ってないのよ!』
『手数料の件、認めるから!今夜は大事な宴会が入ってるの!お願い、今すぐ持ってきて!!』
どうやら彼女は、「代わりなんていくらでもいる」と高を括っていたものの、僕がいかに破格の条件で、質の高いサービスをしていたかという現実に直面したようです。板前も慌てているのか、後ろで「魚がないと店を開けません!」と喚いている声も入っていました。
結局、その日だけで着信は50件を超えましたが、僕は一切出ませんでした。一度失った信頼は戻りません。僕はスマホをマナーモードにしたまま、僕の魚を待ってくれている大切なお客さんの元へ車を走らせました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。