現在、子どもの約16人に1人が体外受精によって生まれている。今回は凍結していた受精卵を体に戻さないことを決断した女性の物語です。ケース4、松本あゆみさん(39・仮名)の場合。
25歳で結婚し、本気で赤ちゃんを望んでから6年経った33歳で本格的に不妊治療を開始。1回目の顕微授精が成功し、35歳の夏に待望の第一子を出産。3つできた受精卵、残りは“2人分“……どうする?
凍結保存した受精卵で第2子妊娠、出産へ
クリニックにはあと“2人分“の受精卵が凍結保存されていた。育児休暇が終わるひと月前、凍結していた受精卵の1つをおなかに戻した。年齢を考えると、早く2人目を授かりたかったからだ。
奇跡的にすぐに妊娠。2歳差で2人目を授かり、無事に女の子を出産した。
あと1つ、3人目の「命のもと」が残っている。あゆみさんが通っていたクリニックでは、凍結保存の延長に毎年3万3千円かかる。2人目が生まれてから半年が経ち、更新月が近づいていた。
いつまで保存すべきか。2人の愛しいわが子の寝顔を見つめながら、あゆみさん夫婦は答えを探った。
3人目、周囲の強い反対にあい親子げんかに
3番目の受精卵だからといって、何か問題があるわけではなかった。同じタイミングでできた3つの「命のもと」。クリニックからもらった受精卵の映像を見ながら「3人きょうだいだともっと楽しくなるんだろな」とぼんやり考えた。
でも、家族全員に反対された。夫も両親も、義父母も、妹も。みんなが3人目を反対した。理由はあゆみさん38歳、夫41歳という年齢だった。
もし3人目を産んだとしたら、成人したときに親は何歳になっているのか。
すでに上の子の抱っこがきついと感じているのに、体力的な問題は大丈夫なのか。
離乳食を全部手作りするほど完璧主義なのに、3人目を育てる余裕があるのか。
「すでに産まれてきた子どもたち2人と、3人目の子は何が違うの?産みたい」と泣いて訴え、珍しく父と親子げんかにもなった。
しかし、周囲の言葉はどれも真っ当だった。納得せざるを得ない理由をいくつも突きつけられた。
「更新料を振り込まない」という意思表示
産みたいけれど現実が厳しいことはわかっていた。そして昨年、ついに凍結保存の更新をしないと決めた。クリニックへ書類を出す必要はなく、更新料を振り込まないことが意思表示になる。曖昧なさよならが、また切なかった。
「今でもあの子も産んであげたかった、という思いは正直あります。『不妊治療じゃなければこんな思いはしなかったのに』と悔しく思うこともありましたが、かわいいわが子を授かることができたのも不妊治療のおかげ。今は感謝しかないです」とあゆみさんは明かす。
「今ここにいる2人のかわいい大切な子どもたちへ、その子の分も愛情たっぷりに育てようって気持ちを切り替えて、やっと吹っ切ることができました」
子どもを望んでから8年「不妊治療は早めに進めて」と伝えたい
感動の出産から5度目の初夏、4歳の誕生日を迎えた息子を手作りのケーキと大好物のオムライスで祝った。
「子どもが欲しい」と願ってから母になるまで8年。思い悩んだ日々は吹き飛び、今は2人のお母さんとして奮闘する。父になる前まで子どもが苦手だった夫は今、わが子にメロメロの様子。
「夫が一番変わったかもしれません。『食べちゃいたいくらいかわいいな〜』って子どもを抱きしめるんです。2人の子どもたちに恵まれて、本当に本当に幸せです。でも夫婦ともに若くないのが現実。同居する両親からも、『もっと若かったらもっと元気に孫たちの面倒を見られたのに』と言われます。不妊治療を早くに始めていれば……と常々思うんです」とあゆみさんは振り返る。
「不妊治療はとても勇気がいること。経済的にも体力的にも、精神的にもつらいです。でもその分、報われたときの喜びは言葉では言い表せません。不妊治療を迷っていたり、少しでも不妊の心配がある方がいたとしたら、早めに前へ進んでって伝えたいです」