頼れるベテランパティシエ
仕入れ先や顧客との交渉、従業員のシフト、イベントの準備など、初めのうちはお店のことがまったくわからなかった私。ベテランのアオキさんは、父の味を受け継いだお菓子を作ってくれるだけでなく、いつも的確なアドバイスで助けてくれていました。
しかし、いつまでも頼りきりというわけにはいきません。父の資料に目を通し接客に出て、私なりに努力を続けたのです。その結果、ほかの職人さんやスタッフたちも徐々に協力してくれるように。
こうしてあっという間に半年が過ぎ、オーナーとして少しは認めてもらえたかもと感じ始めたころ……。アオキさんの態度がおかしくなったのです。
塩対応にモヤモヤ
あるとき、注文数の追加のことでアオキさんに相談すると、職人さんたちの予定も見ずに即却下するのです。パティシエリーダーである彼に、受注OKかどうかを確認したかったのですが……。
「あなたはオーナーなんですから、判断は自分でしてください!」とイライラしている様子。その後も、私に対してキツイ物言いをすることが増えていきました。
「オーナーになったからって、ケーキも作れないあなたがパティシエリーダーの私に指示しないでください。誰のおかげでこの店が続いていると?」などと私を見下すようになり、同僚たちにも高飛車な態度で接し始めたのです。
そうこうするうち、職場がギスギスしだし、彼を敬遠する職人さんが次々と退職。店に出すケーキも品薄になり、客足も以前より随分と減ってしまいました。
アルバイトは60代の無職男性
経営は思うようにいかず、売り上げは減る一方。アオキさんに辞めてもらうことも考えましたが、菓子職人としての腕はピカイチ。父の味を再現できるのは彼だけなのです。
求人を出しても、経営の傾いた個人店で働きたいという人はなかなか現れず……。「誰でもいいから雇え」と催促するアオキさんをなだめながら、ようやく応募してきてくれた60代の中年男性をアルバイトとして採用することにしました。
ところが、アオキさんはこれも気に入らなかったよう。「無職のジジイを雇うなんて」とブツブツ文句を言う始末。私は何とかうまく彼と協力してくれるよう、頭を下げてお願いしました。
不安を抱えながら新人を迎えた数日後……。驚くような事実が判明したのです。
おじさんが本領発揮!
早速仕事を始めた新人アルバイトの中年男性。意外なことに何を頼んでもそつなくこなし、人当たりも良く、店頭でも人気者に。アオキさんは逆におもしろくなかったのか、彼にも冷たく接し始めました。何かあると「ケーキの1つも作れないくせに」とバカにするのです。
さすがに見かねた私がアオキさんを注意。しかし彼は逆ギレし、「ジジイとベテランパティシエの俺とどっちを取る?」と豪語してきました。
すると、それまで黙って見ていた中年男性がゆっくり口を開きました。「アオキさん、あなたは自分を見失っているのでは? 横暴な態度で周囲を不快にさせていては、人を喜ばせるケーキは作れません」と。そしてキッチンに入り、華麗な手さばきで美しいケーキを作り上げたのです。
その手際の良さは、元気だったころの父が働いているようでした。おまけに、完成したケーキの味ときたら! アオキさんでもこれまで再現できなかった、父の幻の逸品と同じだったのです……。
中年男性の正体とは?
「実は私、前オーナーが40年前にパリ修行していたときの同僚です。これは2人で考えたケーキですよ」と言う中年男性。「パティシエとしてパリに残った私ですが、友情は忘れていません。娘さんが継いだ店が窮状にあると知り、素性を隠してお節介をしたくなりまして……」
アオキさんは仰天。目の前に、パリの有名店に勤めていた伝説のパティシエがいるのですから。そして、彼の素晴らしいケーキを食べて涙を浮かべました。
「私は、自分の存在を誇示するあまり、過信して高慢になっていました。お客様の喜ぶ顔を見たいと菓子職人になったのに……。今まで申し訳ありません」と低頭し、改心すると約束してくれたのです。
その後、父の親友にゼロからの指導を願い出たアオキさん。辞めた職人さんたちにも謝罪して回りました。おかげで皆は復職し、店も昔のように繁盛するように。お客様を幸せにするケーキをスタッフ全員でお届けできるよう、私もオーナーとして今以上にまい進したいと思います。
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一時期は自分を見失ってしまったというベテラン菓子職人。父の同僚だった伝説のパティシエのケーキを味わって改心できたそうです。お店が経営難に陥るなど大変な期間もあったとはいえ、すてきなエピソードですね。人の心を動かすそのケーキ、ぜひ食べてみたいものです。
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