ドクターヘリで運ばれた父
入学式から1カ月ほど経ったある日、父が実家近くの神社で転倒し、頭を強く打ってしまいました。通りがかりの方に発見され、ドクターヘリで遠くの病院へ搬送されたと連絡を受けたときは、頭が真っ白になりました。
これが、私たちの介護生活の始まりでした。父は「要介護5」の判定を受け、自宅での介護は難しいとのこと。病院から介護施設へと、計4軒の施設を転々としました。
母、そして子どもに支えられた生活
昭和世代の妻である母は、大変な状況の中でも毎日欠かさず父のもとへ通いました。慣れない土地での子育てと、幼い子ども2人を抱えての慣れない介護生活の両立は想像以上に大変でしたが、母の姿は私の心に深く刻まれました。
当時、子どもたちはまだ6歳と4歳。久々に帰国した日本で、行きたい場所もたくさんあったはずです。しかし、子どもたちは一度も不満を口にすることなく、毎週末、電車で1時間以上かけて両親の見舞いについて来てくれました。
幼いころの経験から立派に育った子どもたち
子どもたちは置かれた環境から、私たち大人が想像する以上に多くのことを学び、吸収していくようです。2人とも、お年寄りから小さな子どもまで、誰に対してもやさしく接することができる、思いやりのある若者に成長してくれました。
特に長男は、現在もボランティア活動に積極的に参加しています。あのときの経験が、彼の心に何か大切なものを残してくれたのかもしれません。
まとめ
介護生活は決してラクな道のりではありませんでした。しかし、家族みんなで力を合わせ、支え合い、乗り越えた日々は、私たち家族一人ひとりの成長につながったかけがえのない時間だったと感じています。子どもたちのやさしさ、母の献身的な姿、そして父の頑張り。多くのことを学び、たくさんの愛を感じることができた経験は、私たちの家族の宝物です。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:中田明子/50代女性・主婦。
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2024年11月)
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