そんな生活を続けるうちに、ついに体調を崩して倒れてしまった私。救急搬送された先の病院では「過労」という診断を受けました。
そして、医師は待合室で待っていた夫にひと言声をかけたようで……。
妻の余命宣告
医師の話を聞いて、私をぎゅっと抱きしめた夫。どうやら医師に「このままではもたないですよ」と言われたのだとか……。夫はその言葉を「余命が短い」と受け止めたようです。おそらく医師は、このままでは私の心や体が“もたない”と言ってくれたのでしょう。
「もう無理しなくていい……残りの人生は悔いなく過ごそうな」私の両肩に手を置いて、そう言った夫。私はぎょっとして「いや、私はただの過労なだけで……」と言いましたが、夫は聞く耳を持ちません。
「受け入れられないのはわかる……つらいよな。家に帰ったら、一緒にエンディングノート作ろうな。あと、お金の管理もきちんとしておいたほうが安心だろ? かけている保険や、通帳・印鑑の場所も教えておいてくれ」万が一余命宣告を受けたなら、夫婦として必要な話なのかもしれません。しかしお金のことばかり気にする夫に、なんだかモヤモヤしてしまいました。
私を心配する義母。しかし…
家に戻ると、早々に義母がやってきました。どうやら夫から話を聞いたようです。
「息子から聞いて慌てて飛んできたのよ! こんなことになっちゃって……体調が悪いのに気付いてあげられなくてごめんなさいね」と目を潤ませた義母。
「ご心配ありがとうございます。ただの過労なので、しばらく休めば……」という私の言葉を遮り、「そんな、私たちに心配させないように嘘なんてつかなくていいのよ!」と言って私の手を両手で包み込みました。
そして「そんな現実、受け入れられないわよね……つらいのは当然だと思う。息子は家のことが全然できないから、せめてお金の管理くらいは私が引き受けるわ。印鑑や通帳を預かっておけば安心でしょ?」と、義母も私のお金の話を持ち出します。
余命宣告自体がそもそも誤解なのですが、夫や義母の関心が私の体調よりもお金に向いているのがはっきりわかり、情けなさと虚しさで胸が締め付けられました。
ようやく手に入れた自由
私の余命宣告以降、夫と義母は手のひらを返したようにやさしくなりました。
「うちに嫁いだんだから当然だ」と家事を押し付けていた2人が、急に「今まで大変な思いをさせて悪かった」「家事も同居ももう無理にしなくていい」と態度を変えたことには本当に驚きました。ただ、そのあとすぐに私の死後のお金の話になるのには閉口しましたが……。
私がいくら「過労だ」「しっかり休めば治る」と言っても聞いてくれない2人。「これからは悔いのないように、やりたいことをやったら? 温泉旅行でもどう?」「同居もなにかと大変だろうから、小さなアパートでも借りて、ゆっくり好きなことをして過ごしたら?」とまで言ってくれるようになりました。
私は誤解を訂正するのを諦め、その提案にのってひとり暮らしを始めることにしました。そして、高級温泉旅館へのひとり旅も満喫したのです。
結婚後、初めて手に入れた自分の自由時間。こんな開放的な気分になったのは、独身時代以来でした。それまでは「どうやって誤解を解こう……」と悩んでいたのですが、旅行をきっかけに「離婚すれば、ずっとこのまま自由でいられるのでは?」と思うようになったのです。
相変わらず夫や義母から「体調はどうだ」「エンディングノートを作ろう」という連絡はありましたが、のらりくらりとかわしつつ、私はこっそりと離婚準備を進めたのです。
妻の本当の余命は?
私がひとり暮らしを始めて1カ月後。「今日は病院の日だっただろ? 先生はなんて言っていた?」と夫からの連絡がありました。
「特に何も言われなかったよ。いつもどおりって感じだったかな」と淡々と答えると、「え? それだけ?」と夫。「そろそろ……ちゃんと教えてもらってもいいかなって思ってて。俺、正直怖いんだよ。いきなりお前になにかあったらって思うと……心の準備が、さ」と続けます。
私のお金を当てにするような発言を続ける夫に、いい加減うんざりしていた私は、いつも通り訂正することもなく、「先生はなにも言っていなかった」と返すと、痺れを切らしたのでしょう。ついに夫は「余命はあと、どれくらいなんだ? そこから逆算して……いろいろと準備していかないと」と私に尋ねたのです。
今日が離婚を告げるチャンスかもしれないと考えた私は、平均寿命から推定し「あと40年くらいかな」と答えました。
「え、そんなに?」と本音をこぼした夫に、「同居も解消してストレスもなくなって、おかげさまで心身ともに健康体になったのよ。長生きできそう! だから、そろそろ離婚しよう」と突き付けた私。
対する夫は「で、でも医者は『このままじゃ長くない』って言ってたじゃないか!」と言います。やはり勘違いしていたのでしょうが、ストレスがなくなった今、冷静に考えるとあの生活を続けていたら長生きはできなかったかもしれません。夫の勘違いも、あながち間違っていなかったでしょう。
勘違いに気付いた夫は…
「じゃあ重い病気じゃなかったってことかよ! この数カ月、俺がお前にしてきたことは全部無意味だってこと?」「うちのリフォームだってもう進んでるのに……! お前のせいで計画が丸潰れだ!」と夫。
なんと、夫と義母は私の保険金をあてにして、義実家のリフォーム計画を進めていたのです。すでに工務店に手付金を払ってしまったのだとか……。私にひとり暮らしを勧めたのも納得です。
「保険金が出ないなら、お前がなんとかしろよ!」「温泉旅行やアパート代まで出してやっただろ!」とまで言ってきた夫。
「私が責任を取る必要はないよね? 私が亡くなることを前提に、金勘定してたようなあなたたちともう家族でいたくない。残りの人生は私の好きなように生きる。だから、離婚して!」私は再び夫に離婚の意思を伝えました。
しかし夫は「離婚なんて認めないぞ。俺をだました罪は重い!」とまで言ってきたので、私はそれに答えず電話を切りました。
その後、夫も義母もさんざん渋っていましたが、私が弁護士を立てた途端に離婚に応じてくれました。おそらく、世間体を気にしたのでしょう。共通の友人によると、元夫と元義母は家事を押しつけ合い、喧嘩三昧。元義実家の建て替えも頓挫し、生活にも困っているそうです。
私は小さなマンションを借り、あらためてひとり暮らしを始めました。体調も回復し、仕事も順調。昔から無理しすぎて体調を崩すことがあったので、今はオン・オフの切り替えを大切にしています。
仕事帰りにカフェに行ったり、まとまった休みには旅行に行ったり……ようやく私は本当の自由を取り戻せたのでした。
【取材時期:2025年7月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。