婚姻届を提出して、夫と並んで家路につく帰り道――。
夫は「やったな! これで俺は仕事に専念できるってわけだ! 頼むな!」と満面の笑みで言ってきて……?
結婚直後に夫から押しつけられたルール
「どういうこと?」と首をかしげると、夫はなぜか得意げに「家事だよ! お前は在宅でしょ? 家事も全部やってもらうぞ」と言ってきました。
結婚前から冗談めかして「家事は全部お願いね」と言われてはいたけれど、まさか本気だったなんて……。耳を疑う私に、夫ははさらに言葉を重ねました。
「お前は家でパソコンをカタカタやってるだけの在宅仕事だろ? そんなラクな仕事してるなら、家のこと全部やって当然だろ?」
たしかに、私はフリーランスのデザイナーなのでほぼ在宅。でも決してラクな仕事ではありません。納期に追われることもあるし、クライアントとの打ち合わせだってあるのに……。ただ在宅勤務というだけで「ラクな仕事と決めつけられ、家事をすべて押し付けられるなんて、納得がいきませんでした。
「在宅だからとか関係ないでしょ!? 私だって仕事してるし……家のことは夫婦2人で協力してやるものじゃないの?」とすかさず私が反論しても、夫は聞く耳を持ってくれません。
「そんなのやだね! 在宅で好きな時間に起きて、好きなタイミングでメシ食って、気が向いたら仕事してるだけだろ? はっきり言って、俺のほうが何倍も大変なんだぞ!」「俺は毎日、満員電車で通勤してるし! しかも安定した企業でバリバリ働いてんだよ? それに比べたらさ〜……なあ? 家事くらいやって当然じゃね?」
その自信満々な態度に、私は思わず「それって……企業勤めだから偉い、ってことなの? それとも、毎日出勤してるのが偉いってこと?」と問い返しました。
すると、夫は「まぁな! 収入も俺のほうが多いし?」「稼いでるほうが家事の負担が少ないのは当然!……ってことは、お前が家事をやって、ようやく"対等"だよな?」と得意げに笑ったのでした。
高収入を隠していた妻の反撃
結婚した直後に突然現れた彼の傲慢さに、戸惑いと怒りを覚えた私。夫から顔を背け、深くため息をつきました。そして、自分の収入を明かすことにしたのです。
「あ、ごめんね。別に文句があるわけじゃないの。ただ……その考え方で本当にいいのかなって思って。だって、収入で家事分担を決めるっていうなら……私、先月の収入、100万超えてたけど」
夫のプライドを傷付けないよう、今まで自分の収入について具体的に話してこなかった私。しかし、結婚と同時に態度を豹変させた夫を見て、もう隠しておく必要はないと思ったのです。
案の定、夫は驚き、しばらくの間絶句していました。
「……え!? ちょ、ちょっと待って、月収100万ってなんだよそれ!」「ただの在宅仕事で……そんなに稼げるものなのか!? 俺の手取り40万ちょいだぞ!? 倍以上ってどういうことだよ!!」
自身のプライドが打ち砕かれたのか、夫の顔からはみるみるうちに血の気が引いてきました。
「どういうことって言われても……ひたすら頑張ってるから、としか言えないよね。だから、収入で家事負担の割合を決めるなら、あなたのほうが多くなるけど……」
私がなだめるように言うと、「え、えっと……それは……まぁ……」と気まずそうに返事をした夫。
結局、収入で家事負担を決める話は流れました。そして、私たちは2人で協力して家事をしていくことになったのです。
2週間後――。
私の収入を知ってから、夫の傲慢さはなりを潜めました。しかし代わりに、夫は私を攻撃するようになったのです。
帰りがけに買い物を頼めば、「……は? 俺より高収入だからって、上から目線で俺をあごで使うのかよ。女王さま気取りか?」「お前が日中行っておけば済む話だろ! どうせ在宅で暇してるくせに……こっちはくたくたで帰ってきてんのに……」とブツブツ。
私が見下しているつもりはないと否定しても、夫のイライラはおさまりませんでした。まるで自分が被害者かのように振る舞う夫。こんな不毛なやりとりを繰り返すことにも疲れた私は、仕方なく今回も「傷つけたことは謝るよ。でも、本当に見下してなんかいないからね」と謝りました。
すると夫は、「そこまで言うなら許してやるよ。でもその代わり、今後の家事も家計も全部お前持ちな! 共同の貯金も全部お前が出せよ」と言ってきたのです。
結婚時に、毎月5万円ずつ出し合って貯金していこうと決めた私たち。そのルールまで夫は覆そうとしているのです。
「お前がそんなに稼いでるなんて知らなかったし! 状況が変わったんだから、その都度ルールを変えるのが普通だろ? ……それとも、本当は俺を傷つけたことを反省してないとか?」
夫は私の罪悪感を煽り、すべてを私に押しつけようとしていました。夫よりも稼いでいるだけでこんなふうに責められ、全部負担させられるなんて……あまりにも理不尽です。
さらに、夫は「そうだ! お前、離婚届を今すぐ書けよ!」と言ってきました。
「お前は旦那さまへのリスペクトが圧倒的に足りない! だから、お前の立場っていうものをしっかり教え込んでやる。いくら稼ぎがいいからって調子に乗ってると、すぐに離婚するぞ!」
いかに自分がすごいか、私がダメかを語る夫。それを見て、私はなぜか冷静になりました。
そして翌日、私たちはそれぞれ離婚届にペンを走らせました。その離婚届は、夫が帰りがけに役所でもらってきたもの。私が頼んだ買い物は行けないのに、離婚届は意気揚々ともらってくるんだ……と、あらためて私は夫に失望していました。
夫の人生の崩壊
数カ月後――。
義母から突然、「ありがとうね~! まさか旅行をプレゼントしてくれるなんて思いもしなかったわ!」とお礼の電話がかかってきました。しかし、私にはそんなことをした記憶はありません。
戸惑う私に義母は、「うん、息子から聞いたのよ~! もううれしくて! あなたが全部手配してくれたんでしょ? 露天風呂付きの素敵な旅館! もう感激しちゃって! しかも『もう支払いは全部済ませてあるから』って! うちの息子がこんなに頼もしくなったのも、あなたのおかげね!」とハイテンション。
義母の話を聞きながら、私はスマホで夫婦の共同貯金の口座の残高をたしかめました。……予想通り、夫はその貯金に手をつけていました。
何も知らない義母に「楽しんできてくださいね!」と言って電話を切った私。すぐさま夫に連絡しました。
「さっき、お義母さんから電話がかかってきたの。旅行のことでお礼を言われたんだけど……それってあなたのお財布から出てるんだよね? 確認したら、共同貯金用の口座から30万近く引き出されてるんだけど?」
「あ、いや、それは……俺だって最初は自分の金から出すつもりだったんだけどさぁ……ボーナスが予想より少なかったから……」「母さんには前から旅行をプレゼントするって約束してたんだ。ボーナスが少なかったからできないなんて、言えないだろ? それに、夫婦共同の口座なんだから、俺が使っても文句はないだろ!」と夫。
夫婦の共同の貯金とはいえ、実質貯めているのは私だけ。ひと言くらい相談してくれたら、私だって考えたのに……。
「そもそも、いちいち金の相談なんて面倒くさい! お前は稼ぎもいいし、数十万くらいどうってことないだろ! こんな細かいこと言ってると、嫌われるぞ?」
結婚した直後にも、私が高収入だと知ったときにも態度を変えた夫。そのくせ、私の稼ぎをあてにして、勝手にお金を使って……そのうえ逆ギレなんて。もう夫への愛情は冷めきってしまっていました。
そんなこともつゆ知らず、「こっちは離婚届、まだ持ってるんだからな? お前みたいな生意気な女は男に嫌われるんだ。さらにバツイチになったら、もう嫁のもらい手だってないぞ?」と、夫はまだ自分が圧倒的に有利だと思い込んでいるようでした。
「離婚して困るのはお前なんだからな!」
「生意気な態度を改めないなら……すぐ提出してやるからな」
「離婚届ならとっくに出したけど…?」
「は?」
夫のばかばかしい脅しに、「ついさっき、区役所に提出済み。私ももういろいろと限界だったの」と冷静に返した私。
離婚届を書いてから、しばらくの間は夫の様子をうかがっていた私。しかし、夫の態度は変わることはなく、ますます悪化していきました。それと同時に、私の心も疲弊していったのです。
「ふ……ふざけんなって! おい! 冗談じゃねーぞ! 話し合いもしてないのに……こんなの許されないぞ!?」と言う夫に、「え? それをあなたが言うの?」と私は返しました。家事も生活費も私に押しつけ、何の相談もなく義母に勝手に旅行をプレゼントした夫に、そんなことを言われる筋合いはありませんでした。
予想外の行動に焦ったのか、夫は「い……いや、ちょっと待ってくれって! 俺、お前がいなきゃダメなんだって!」と私を引き留めようとしてきました。
「そうだよね、生活費も貯金も自分のお金は出さなくていいし、家事は全部やってくれるし……そんな夢のような生活に慣れちゃったもんね。もう私がいない生活なんて、考えられないよね?」と私は冷たく夫を突き放しました。
「あ、あの……これから、俺も家事を手伝うからさ! ひどい態度とってごめん。ほら、俺ってそれなりにいい会社勤めてるし……まさか稼ぎで負けるなんて思わなくて、びっくりして、つい嫌な態度とっちゃっただけなんだよ……」と夫。
「私もあなたの豹変にびっくりしちゃって、つい離婚届を出しちゃっただけなの。私たち、似た者同士だね?」と朗らかに言うと、「だったら……!」と夫。
「でもね、私は搾取されるのはもう嫌なの。一緒に生活するなら、あなた以外の……そうね、対等な関係を築ける人を選ぶわ」と言って、私はやり取りを終えました。そしてそのまま荷物をまとめ、2人で暮らした家を後にしたのでした。
その後――。
私が家を出てから数日後、元義母から「離婚したって息子から聞いたわ……。あの子、あなたのせいだみたいに言うものだから、詳しい話をあなたから聞きたくて」と連絡がありました。
てっきり引き留められるのかと思っていた私は、正直に今までの経緯を話しました。すると、元義母は電話口で大きなため息をつき、「やっぱり……。あの子の話はあまりに自分勝手で、どうも信じられなかったのよ。旅行のプレゼントも、今思えばおかしいわよね。あの子にそんな甲斐性があるはずないもの。きっとあなたのお金なんでしょう」
と、すべてお見通しの様子でした。そして、「私は息子のどうしようもない性分も、そして誠実なあなたの人柄もよくわかっているつもりよ。あんな息子が私の子だなんて恥ずかしい……。あなたが離婚を決意して当然よ!」と、強く私の肩を持ってくれたのでした。
以前から私の仕事にも理解を示し、「在宅で仕事できるなんて、すごいわねぇ」と心から応援してくれていた元義母。「うちに嫁に来てくれて、私の自慢の娘だったのに……」と涙声で言われて、私まで涙してしまいました。
元義母によると、元夫は仕事でのミスも重なり、自主退職。再就職もままならず、今は古いアパートで日雇いバイトをしながらなんとか食いつないでいるとか。
経済力や立場を盾に、相手を支配しようとする関係は決して長続きしないのだと私は実感しました。互いを尊重し、思いやり、支え合うことこそが、本当のパートナーシップだとこの騒動を通じて学んだのです。
今、私は静かで心地よい部屋で1人暮らしをしています。仕事も順調で、無理なく自分らしく暮らせていけそうだと感じています。パートナーに限らず、今後は私を対等に扱ってくれる人たちとだけ、良好な関係を築いていきたいと思っています。
【取材時期:2025年5月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。