休日になると、夫は会社の同僚を急にうちへ呼び、頻繁に飲み会をするようになりました。そのたびに私は、食事やおつまみの準備、片付けに追われます。小さな娘がいることなどお構いなしに、笑い声とお酒のにおいが家に充満していました。
私は片づけをしながら、「この人、本当に父親の自覚あるの?」と心の中で疑問に思っていました。
臨月の妻に「早く来て宴会の準備をしろ!」
年末が近づいたころ、夫が「年末年始は今年も一緒にうちの実家に帰省しよう。母さんが楽しみにしてるし」と言いました。
義両親のことは大好きですが、私はこのとき第二子を妊娠中。義実家は車で数時間の距離。その時期は臨月になるため、医師から「いつ生まれるか分からないから、遠出は控えて」と言われていました。
「臨月になるし、今年は私は家でおとなしくしてるね」と伝えると、夫は「そうか」と納得して一人で帰省しました。
ところが数日後の夜、うちに私の両親を呼んで夕食を食べていると、突然夫から電話がかかってきました。
「母ちゃんだけだと時間かかるから、今からこっちに来て宴会の準備を手伝ってよ!」
一瞬、耳を疑いました。
どうやら義実家で同級生を呼び、同窓会を開いているようでした。
「ねぇ、分かってる? 私、今臨月だよ。いつ陣痛が来てもおかしくないの。そんなときに宴会の手伝いに、数時間かけてわざわざ来いって? 私とおなかの子のこと、少しでも考えてくれた? はぁ……もう限界だわ。ずっと我慢してたけど、これから先の人生を一緒に歩める気がしない。本気で離婚を考えてるから」
そう伝えて電話を切りました。
反省した夫は
翌朝、義母から「ごめんなさいね。あの子、あなたの大変さを全然分かってなかったの。今、私たちでしっかりお灸をすえて、二度と同じことをしないよう言い聞かせているから」と電話がありました。
電話のあと、義実家では夫が厳しく叱られていたそうです。義母は「臨月の妻に『宴会の手伝いに来い』なんて信じられない」と。義父も「家族を大切にできないなら、夫や父親を名乗る資格はない」と言い放ったといいます。
黙って頭を下げるしかなかった夫は、「自分がどれだけ無神経だったのか、ようやく気づいた」と後に話してくれました。その夜、夫は義実家でもずっと落ち込んでいたと、義母が後から教えてくれました。
昼すぎ、夫から何度も着信がありましたがスルーしました。そして夕方、家に帰って来た夫はすぐに頭を下げ、「本当に悪かった。これからは家事も育児もやる。離婚はしたくない! 考え直してほしい」と謝罪してくれました。
「言葉じゃなくて、行動で見せてほしい。家事も育児も、私ひとりで抱えてきたの。もうすぐ子どもが増えるのに、あなたがこのままなら一緒にいられない。離婚を考え直すかどうかは、これからのあなたの行動を見て判断するから」
私の言葉に夫はうなずき、泣きそうな顔で何度も謝っていました。
第二子出産、家族の再スタート
その後、私は無事に第二子を出産しました。出産に立ち会った夫は涙を流していました。
退院してからの夫は、少しずつ行動で示そうとしてくれるようになりました。
最初は不慣れな様子で洗濯物を干したり、娘の送り迎えをしてくれたり。
うまくいかず落ち込むこともありましたが、そのたびに「諦めずに続ける」と言っていました。
「ママ! パパがごはん作ってるよ!」
キッチンから漂う香ばしい匂いに、思わず笑ってしまいました。
不器用ながらも努力を重ねる夫の姿を見て、ようやく心の中のわだかまりが少しずつ溶けていきました。
今では、4人で過ごす毎日が本当に幸せです。仕事で疲れて帰ってきても、夫はまず赤ちゃんの様子を見に行き、おむつを替えたりミルクをあげたりしてくれます。娘ともよく遊び、寝る前には絵本を読んであげるのが日課になりました。
そんな姿を見ていると、あのころの冷たかった態度が嘘のようです。不器用でも、一生懸命に家族と向き合う夫を見て、少しずつ信頼が戻ってきました。これからは、家族みんなで助け合いながら、穏やかで温かい時間を積み重ねていこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。