独立後の採用面接で“ひとりの女性”が
上司に退職を告げると、少し驚いた顔をしながらも「君らしいな」と苦笑されました。親しい同期は「戻りたくなったら戻ってこい」と肩を叩いて送り出してくれました。一方で、最終出勤日には「独立なんて無謀だ」「会社なんてできるはずがない」といった心ない冗談や皮肉も耳にしました。そんな言葉を背に、私は定時に社屋を後にしました。
退職後、商品開発に特化した小さな会社を立ち上げました。これまでのネットワークを洗い直し、事業計画と資金繰り表を何度も更新。電話やメール、打ち合わせを重ねる一方で、採用活動にも踏み切りました。
面接の日、ひとりの女性が入室しました。Aと名乗った彼女に見覚えがあり、履歴書を見ると、以前同じ会社の別部署にいたことがわかりました。少人数のざっくばらんな面接だったこともあり、Aさんは「取引先とのミスを自分のせいにされ、強く言い返せず退職した」と率直に話してくれました。「ここでは自分にできることを精一杯やりたい」という言葉に芯の強さを感じ、私はAさんを含む数名を採用。こうして会社は本格的に動き出しました。
“嫌味なひと言”に心がざわついたワケ
Aさんが入社して数カ月。Aさんは仕事の吸収が早く、打ち合わせへの同席も着実に増えていきました。そんな折、会食である場所を訪れると1年ぶりに元同僚のBと再会。彼は昔から、数値で優位に立つことを好むタイプ。相変わらずの口ぶりで、独立の無謀さや実績の乏しさをからかい、さらにAさんを「どこかで見た気がするなぁ」と言いながら不敵な笑みを浮かべました。
BはAさんに対し、「その節はいろいろお騒がせしたね。でも忠告しておくけど、君の入った会社は難しいと思うよ。実績もないし、うまくいく保証なんてどこにも……」と嫌味を続けます。うんざりしていると、Aさんの表情がこわばりました。その瞬間、彼女が前職を辞めざるを得なかった原因がBにあるのかもしれない……と悟りました。
Aさんはうつむいたまま黙っています。私は小さく息を吐き、とあるメーカーとの共同開発が決まっていることを告げました。Bは「ふん、どうせ途中でダメになるさ……」とぶつぶつ言い残し、店を出ていきました。
元同僚のミスが明るみに…そして!?
共同開発は、ありがたいことにトントン拍子で進みました。新商品の発売日には想像以上の反響があり……。Aさんはうれし涙をぬぐい、「ここに来てよかった」と小さく笑いました。私も「こちらこそ」と返し、心の底からうなずきました。
数日後、社内でBの名前が噂にのぼりました。前の会社でBが担当した案件に不備が見つかり、調査が入ったというのです。Aさんが責められ退職に追い込まれた件も、Bの指示ミスが原因だったことが正式に判明。Aさんに一切の責任はなかったと明らかになりました。
さらに数日後、Bから「知っていると思うけど、今の会社に居づらくて……。君の会社、好調らしいな。どこか紹介してくれない?」というメールが届きました。私はメールを確認し、返信は控えておきました。
ささやかな祝杯。その後、元同僚は…
週末、Aさんとささやかなお祝いをしました。居酒屋の半個室で焼き鳥をつまみながら、これまでの苦労話に笑いがこぼれます。「最初のころは、毎朝おなかが痛かったんです。失敗したら、また責められるんじゃないかって」そう打ち明けると、Aさんはほっとしたように目を細め、「これからも、よろしくお願いします」と頭を下げました。
後日、Bのうわさを耳にしました。どうやら、本人の希望とは異なる部署へ異動になったそうです。誰かを急かし、責め、上から押さえつけるやり方は、もう通用しない――そんな時代になったのだと思います。これからも、社員の笑顔と意欲を大切に、前へ進んでいこうと心に決めました。
◇ ◇ ◇
誰かを踏み台にするような生き方では、いずれ自分がつまずく原因になるかもしれません。人を見下さず、信頼される人でありたいですね。
【取材時期:2025年9月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。