結婚式当日――。
始まりの時間が過ぎても、婚約者とその家族は現れません。
そしてついに、彼から電話がかかってきました。その声は、信じられないほど軽く、そしてその言葉も信じがたいものでした。
「ごめん、今起きた! 昨晩飲みすぎちゃってさ〜。悪いんだけど、結婚式、1〜2時間遅らせられないかな?」
無責任な婚約者とその母親
1カ月前――。
そのころから、もうすでに予兆はありました。
「もう式場の集合時間過ぎてるよ!」「まさか今日もドタキャンするつもり!?」「今日は大事なドレス合わせの日って何度も伝えたよね?」
怒りを込めて婚約者にメッセージを送った私。しばらくしてかかってきた電話の声は、悪びれる様子もなく寝起きそのものでした。
「ごめん! 今、起きたわ~」「昨日ゲームしてたら夜更かししちゃってさ〜」
また、くだらない理由でした。結婚式の準備が始まってから、彼はずっとこの調子。結婚したら、もう少し責任感を持ってくれるはず――そんな淡い期待を抱いていた私自身が、愚かだったのかもしれません。
「もうお前ひとりで試着してきなよ、俺はなんでもいいからさ」と続ける彼に、私の怒りは爆発。
「そういう問題じゃないの! 2人の結婚式だから、2人で決めたいの!」
私の訴えも、彼には届きません。
「そんなカリカリすんなよ……ごめんって謝ったじゃん」「もういっそ、お前が全部進めてくれ! お前のセンス信じてるし、俺のタキシードも選んどいて!」「じゃ、俺はこれで! 式場の人たちにもよろしく言っといて~」
終始軽い調子の彼。ため息をついたら、すでに電話は切れていました。
結局、その日の打ち合わせは私ひとり。少し休憩していると、今度は婚約者の母親から電話がかかってきました。
「あまりうちの息子を責めないであげてね~? あの子、昔からのんびり屋さんなのよ」と、おっとりした声。今は私の気持ちを逆なでします。
「今まで、何度も寝坊してますよね? 今日だって大事な打ち合わせなのに……」と言うと、「そういうのも個性じゃない! 本人の気持ちを尊重するのが、うちの家訓なの!」と婚約者の母親。
「いい大人なんですし、今後仕事に差しさわりがあるかもしれませんよ? それに、やるべきことをしっかりやる、と教えるのが親の義務なんじゃないでしょうか」と反論すると、彼女の声色は一変しました。
「あら……あなた、ちょっとキツい言い方をするのね。こんなふうに言われるなんて……息子がかわいそうだわ」「あの子だって悪気があるわけじゃないのに……」
ここで折れてはいけないと思った私は、「正直、現時点では結婚式当日すら心配です。このままだと……当日も遅刻しかねませんよね?」と続けました。
しかし、婚約者の母親は「そんな心配しなくても大丈夫よ~! 寝坊で遅刻したって、車を飛ばせば間に合うでしょ!」「とにかく、今後は息子をあまり責めないであげてね。息子が嫁に厳しく当たられるのを見るのは……母親としてはつらいものなの」とどこ吹く風。
「じゃあ、あとはしっかりやっておいてね!」という言葉とともに電話は切れ、私は1人、立ち尽くしました。この人たちと本当に家族になれるんだろうか――底知れぬ不安が、心を覆っていくのを感じながら。
実母が見かけた婚約者の真の姿
打ち合わせを終え、家に戻ってぐったりしていると、今度は私の母親から電話がありました。
「ね、ねぇ、今日はドレスの打ち合わせだって言ってたわよね!?」
あまりのあわてように、私はびっくり。「どうしたの?」と聞くと、「あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」と母は前置きして言葉を続けました。
「今、お父さんと新しくできたアウトレットモールに来てるのよ。そしたらね……さっき、フードコートで彼とそのお母さんを見かけたのよ!」「2人でクレープを食べながら、楽しそうにしてたわよ。まさか、と思って声はかけなかったんだけど……」
点と点が、最悪な形でつながりました。一瞬ためらいましたが、私は母に事実を打ち明けることに。
「……実は、今日のドレス合わせ、ドタキャンされたんだよね。寝坊したからって」
母は一瞬絶句したようでしたが、すぐに怒りを爆発させました。私が義母から逆に責められたことまで話すと、母の怒りは頂点に達しました。
「ありがとう、私の分まで怒ってくれて。私はもう……いろいろと、疲れちゃって。起こる気力もないよ」
そう言うと、母の声が真剣なものに変わりました。
「……ねぇ、この結婚、本当に大丈夫なの? こんなことじゃ先が思いやられるわよ」「いつでも帰ってきていいんだからね」
その言葉に、張り詰めていたものが切れ、涙がこぼれ出しました。母のやさしさに励まされ、私はこの結婚について、もう一度真剣に考え直すことに決めたのでした。
人生最悪の晴れの日
そして、結婚式当日――。
私の予想通り、婚約者とその家族は、式の開始時間になっても来ませんでした。ゲストたちがざわめくなか、ついに彼からメッセージが届いたのです。
「ごめん、今起きた! 昨晩飲みすぎちゃってさ〜」
「悪いんだけど、結婚式、1〜2時間遅らせられないかな?」
「……式ならもう終わったけど」
「え?」
驚いた彼が電話をしてきたので、私は「もうとっくに式開始の時間は過ぎてる。今、私の両親と私で、ゲストのみなさんにお詫びをして、式の中止を伝えていたところよ」と告げました。
「え? うそだろ? まだ間に合うよな? 今から急いで行けば……」という彼の言葉を遮り、「もう遅い。あなたの親族の方々も、あまりの非常識さにあきれて、もうお帰りになったわ。『こんな非常識な結婚式は初めてだ』って……私たちに頭を下げてね」といった私。
電話の向こうで彼が「親戚のおじさんたちから、めちゃくちゃ電話きてた……」と焦っているのを聞いて、私はもう笑うしかありませんでした。
「今日で、私たちの婚約関係も終わりにしましょうか。こんな『非常識』でとてつもなく『無礼』な人たちと、家族になりたくないの」
彼は「悪気があったわけじゃない」「仕方がなかった」と繰り返すばかり。しかし、悪気がなければ許されるわけではありません。軽い謝罪で、反省しない婚約者。結婚式という一生に一度の晴れの舞台で、彼の本性が白日のもとに晒されたのです。
「私は昨日も1人で準備を進めてた。でも、あなたは飲み明かして、私の努力をすべて台無しにしてくれた」「こんな人、どう考えても私の人生に必要ないもの」
婚約者は「ちょ、ちょっと待って! ちゃんと謝るから! 考え直して!」と言ってきましたが、私は彼の言葉を最後まで聞くことなく電話を切りました。
数日後――。
「ちょっと! あんたのせいで、親戚中から責められて、とんでもなく恥をこあいたじゃない!」と、元婚約者の母親からヒステリックな電話がかかってきました。いつものおっとり声はどこへやら……。
「あんたがうまくフォローすれば、なんとかなったのに!」「式のキャンセル料はあんたが全額支払いなさいよ!」
悪いのはそちらだろう、といくら言っても、喚くのをやめない彼女。私がため息をつくと、私のスマートフォンを隣にいた母が手に取ったのです。
「あら、ずいぶんとまぁ、威勢の良いこと」「今回の結婚式の中止費用、本当にうちの娘が支払うべきだとお思いで?」「勝手に酔い潰れて、結婚式当日に連絡もつかなかった新郎家族は、責任を取る必要はないと?」
母の言葉に、怯みを見せた元婚約者の母親。私の母は、冷静に、しかし強い口調で彼女を問い詰めていました。
「今回の件、先日、弁護士に相談させていただきました。式の費用はもちろんですが、娘が受けた精神的苦痛に対する慰謝料も正式に請求させていただきます」「一番恥をかいたのは、うちのかわいい娘です。あなた方は被害者ぶっているようですけど、加害者なんですよ? まずは謝ることから始めてはいかが?」
さらに母は、支払いが滞れば元婚約者側の親族の方々にも連絡するつもりであること、そして彼らがこちらの味方であることも伝えました。実際、親族の方々はひどく怒っていたのです。
「あぁ、そうそう。今後、連絡は弁護士を通してくださいね。直接娘に連絡しようものなら……そのたびに、慰謝料の額を引き上げますから」
そう言い放った母は、一方的に電話を切りました。冷静で、しかし決して揺るがない強さを持った母の横顔を見て、私はただただ涙をこぼしました。
その後――。
元婚約者一家は、親戚一同から総スカンを食らっているようです。元婚約者は友だちからも縁を切られていると聞きました。みんなから見放されて観念したのか、こちらから請求した金額は一括で支払ってくれました。しかし反省の色はないようで、「払うもの払ったのに、みんな冷たい」と言ってさらに孤立しているようです。
あの結婚式は、まさに悪夢のようでした。しかし、人生最悪の一日だと思っていたあの日は、結果的に私を地獄から救い出してくれる最高の一日だったのです。あんな人たちと家族にならなくて、本当に良かったと心から思っています。
人との約束を守ること、それは当たり前のようで難しいことです。そして、自分はないがしろにされたり、粗末に扱われたりしていい存在ではないこと。それは今回の一件を通して、母が私に伝えてくれた大切なことでした。
今、私は実家に戻り、両親とともに穏やかな日々を過ごしています。
【取材時期:2025年8月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。