ごまかしが横行していた厨房
ある日、厨房で料理長のAさんと料理人のBさんが、仕入れについて話しているのが聞こえました。
「少し安い食材でも気付かれないだろう」「野菜の量を減らしても問題ない」
どうやら発注ミスをごまかそうとしているようでした。こうしたことは初めてではなく、私は女将として見過ごせませんでした。
「お客様にお出しする料理で手を抜かないでください」と注意したところ、Aさんは「料理のことを知らないくせに口を出すな」と強い口調で言い返してきました。Bさんも「この旅館は俺たちの料理で持ってるんだ」と鼻で笑います。
私は冷静に、「だからこそ、誠実な料理でお客様をおもてなししたいんです」と伝えましたが、2人は納得せず、険悪な空気のままその日は終わりました。
支えてくれたのはパートさんたち
翌日、Aさんたちは「残業代よろしく」と言い残し、後片付けもせずに帰ってしまいました。私がひとりで厨房の掃除をしていると、皿洗い担当のパートさんたちが「手伝います!」と集まってくれたのです。
「女将さんが大変そうだから」「調理場はきれいなほうが気持ちいいですもんね」と笑顔で協力してくれました。その姿に、胸が熱くなりました。
ところが数日後、Aさんが突然「もう辞める」と言いだしたのです。聞けば「大手ホテルのレストランから声がかかった」とのこと。Bさんも一緒に辞表を置き、厨房を去っていきました。
「料理人がいなくなったら、お客様に料理を出せない……」と、私はぼうぜんと立ち尽くしました。
立ち上がる女将とパート一同
そんな私に、「ママ、食材はもうあるんでしょ? だったら、私たちで作ろうよ。捨てるのはもったいないよ」と娘が言いました。
さらにパートの1人が笑顔で言いました。「女将さん、少し包丁をお借りしますね。実は前職で調理の仕事をしていたんです。できる限り頑張ります!」。
その言葉に背中を押され、私たちは団体客の夕食を予定通り提供することに決めました。慣れない中でも力を合わせ、料理を作り上げていきました。何より、皆が「お客さまに喜んでもらいたい」という気持ちで1つになっていました。
奇跡の夕食とお客様の笑顔
完成した料理は、彩りも香りも豊かで、どこか家庭的な温かさがありました。お客さまは「やさしい味ですね」「また来たい」と口々に言ってくださり、胸がいっぱいになりました。
その日を境に、旅館は“おもてなしの心”を大切にした新しいスタートを切りました。郷土料理を中心に、地元食材を活かしたメニューが評判を呼び、少しずつお客さまが戻ってきたのです。
再び現れた元料理人たち
しばらくして、AさんとBさんが旅館に顔を出しました。「いろいろあったけど、戻ってきてやる」と言う彼らに、私は静かに答えました。
「この旅館を見限ったのはあなたたちです。今はパートさんたちと力を合わせて頑張っています」
聞けば、彼らが移ったホテルは経営が思わしくなく、厳しい労働環境だったそうです。それでも、再び雇う気にはなれませんでした。今の厨房は、皆が笑顔で支え合う、温かい職場に生まれ変わっていたからです。
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お客さまの笑顔を思い浮かべながら丁寧に料理を作る姿勢こそが、旅館を立て直した原動力だったのかもしれませんね。誠実さとチームワークがあれば、どんな逆境も乗り越えられると感じられる出来事でしたね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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