元恋人との再会と、すれ違う価値観
ある日、僕は食材ソムリエとして野菜を選んでいる高級レストラン・Xへ。シェフを務めるAさんと打ち合わせがあったからです。
Aさんに紹介した、新しい農家のトマトについて感想を聞くと、Aさんは満面の笑みで「最高でした!お客様からも大好評でした!」と言ってくれました。
僕とAさんが盛り上がっていると、背後から懐かしい声が。
「あら、その声は…久しぶりね」
声の主は、Bさん。僕が1年前まで付き合っていた元恋人です。今はこのXで広報責任者として働いているとのことでした。
Bさんは僕を見るなり軽く微笑みながら言いました。
「まだ野菜ソムリエなんてやっているのね。うちのレストランには、地味な食材ばかりじゃなくて、映えを意識したおもしろい食材を選んでよ」
その言葉に、僕は思わず苦笑いしてしまいました。
生産者の想いを守るための決断
Bさんはメディア映えする料理やSNSの拡散を何より重視していて、食材の「見た目」にばかりこだわっているようでした。
「派手さのない食材より、もっとビジュアル的にインパクトがある食材を選んでよ」と言われたとき、僕は静かに言いました。
「では、Xとの食材の取引は停止しますね」
その場は一瞬、凍りつきました。僕の言葉を聞いた支配人が慌てて駆けつけて止めに入りましたが、僕の意思は変わりませんでした。
「食材の価値を見た目や話題性だけで判断する方には、僕が選んだ野菜を提供できません」
僕は、生産者の想いが込められた食材の味を考えず、ただ“映えるかどうかの素材”として考えることだけは、どうしても我慢できなかったのです。
フェスティバルで明かされた“本物の力”
その後、Xとは宣言通り契約を終了。Xは、新しい食材の取引先が決まらず苦労しているとのことでした。農家さんたちによると「作った野菜が、いかに希少価値があるか、映えるかの話ばかりで品質の話をしても無視されてしまう」ところに不安を覚えているようです。
その数カ月後、市の大きなイベントである地元食材フェスティバルが開催されることになりました。このフェスティバルの審査員にBもいるようです。農家とシェフ、そして食材の目利きをするソムリエが1つのグループとなって、料理を提供します。そして、最も審査員の票を獲得したグループが優勝できるのです。
フェスティバルの開催を聞いた若手農家の1人が、息を切らして僕のもとにやってきました。
「すみません!このフェスティバルに出展したいんです。あなたのなら僕が作った食材を生かしてくれると思って!」
彼らはかつてXと契約をしようとした際に、食材のSNS映えのみが重視されて味や品質が見られていないことに悔しさを感じたようです。その言葉に心を動かされた僕は、Aさんに声をかけて共に彼らをサポートすることに決めました。
フェス当日、Bさんと業界の重鎮である人が僕たちのグループの料理を試食し、思わず驚きの声を上げていました。
「見た目はシンプルだけど、驚くほど味に深みがある…これはすごい」
いよいよ結果発表……優勝ブースとして選ばれたのは僕が支えた若手農家たちの野菜とAさんの料理でした!
結果を見て驚くBさんに、僕は告げました。
「大切なのは、食材の見た目や希少価値だけではありません。シンプルな食材にも、農家さんの想いが込められています」
僕は、農家さんが想いを込めて育てた野菜の良さを最大限引き出すことが大切だと思っています。
これからも食材を大切に
その後、Xは僕が選んだ食材を再び使うようになりました。フェスティバルでの僕たちの料理に心を動かされたようです。派手さだけにこだわった料理ではなく、食材本来の品質を重視する方針へと動き出しました。
Bさんは広報から異動し、接客業務をしていると聞きます。実際にお客さんの声を聞いて、見た目だけではなく、本質を見ようとする意識の大切さが、ようやく少しずつ浸透してきたようでした。
そして、Aさんは静かに伝えてくれました。
「フェスティバルでのあなたの姿を見て、確信しました。私、あなたのことが好きです」
僕はうれしくなって、心から言いました。
「僕も、食材の良さを最大限に生かす料理を作るAさんを尊敬しています。これからも2人で、食材の良さを伝えていこう」
食材に込められた想い。そしてそれを届ける料理人とその料理をおいしいと思ってくれる人たちの輪。僕はこれからも、自分の信念を貫いてこの仕事をしたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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